二者択一 1
 
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「おにーちゃん、アイス買ってきて」
扇風機の風が良く当たるソファの上で足を組んで妹は言う。
いや、命令している。
「暑くて暑くて死んじゃうのー、2分以内でないと駄目かも」
何も言わないでいるとこいつはさらに駄々をこねる。
妹に向けて団扇を扇ぎながら棒読みで答える。
「俺より涼しい思いしてる奴が何言ってるんだ」
普通の人間なら当然の返し。しかし俺の妹はこんなのでは引き下がらない。
「だって暑いもんは暑いし。…それにほら、二人だけの秘密。あったでしょ?」
ほら来た。悪魔の契約。こうされては従うざる負えない。
やらしい笑みを浮かべて止めにかかる。
「アイス2個とー、あと冷やし中華も。勿論おにーちゃんのおごりね!」
まさかの追加…俺の財布が如何に貧しいか知ってるくせに。
「あ、丁度良かった。ついでに私のみぞれも買ってきて」
「おかーさんずるい!私もみぞれ頼もうと思ってたのに。それなら私はハーゲンのバニラね!二つっての忘れないように」
 昔こそ父親は大黒柱とか男が強かったらしいけど、今ではこうして…
女の方が強くなってる。
 
 
今は八月。温暖化のせいか暑すぎる。
そして昼の2時。神様の悪戯で近くにはコンビニがない。
それを徒歩で行くなんて自殺行為だろ。
でも行くしかないんだよな。
だって妹にあの秘密が握られてるんだから。
『私の言う事聞いてくれたら、口外しないよ』なんて言いつつ、家族で共有しやがって。
 
…野球部の部活中、か〇はめ波の練習を木陰でしてたら、妹に見られるなんて。
部員にばれたら恥ずか死ぬ。
『手から波動を出す』ことを夢見たあのころを思い出しただけなのに。
部活ちゃんとやって、自室で鍵かけてやれば良かった。
 
「きゃははは、うけるー」
「何それー」
中学生のはしゃぎ騒ぐ声。今の俺には逆効果だ。
「あ、あの人美優ちゃんのお兄さんだよ。こんにちわー」
「こんちわー」
あいつのクラスメートか。言う事きかないとこいつらにもばれるのか。
笑いものになるわけか。
 
「ああああああああああああああああ!」
 
「…あの、大丈夫ですか?」
「いや、死ぬまで奴隷なんだなと思ってさ」
「はあ…んじゃ、私達そろそろ行きますね」
もう人生が楽しめない。
…まだ着かないのか。
なんか向こうに本屋が見えるな。
新刊でてたけど、おつかいで何円使うか分からないな。
後にするか。
 
「ありがとうございましたー」
アイスと冷やし中華調達完了。
小銭が増えたな。
貯金用の千円は残しておきたいし…
本屋で小銭消化するか。
 
本屋に到着。
ずっと集めてるんだよな。これははずせない。
2冊ぐらいは買えるかな。
 
「あの、お客さん」
「あと80円足りません」
計算が狂ってたか。残りはもう百円玉と十円玉2枚しか…
「じゃあ、この百円玉で…」
「それ五十円玉です」
丁度足りない。
この千円は温存しておきたかったんだけど。
ここは大人しく千円出しておけばよかった。
 
アイス3個と冷やし中華とコミック2冊。
春とかならどうってことないんだろうけど、この暑さにプラスして…
…暑さってことは、アイスが…
 
みぞれ溶けたな。ハーゲンも危ない事になってる。
 
近道とかなかったっけ。…
あそこ通ったことないけど、多分…この道よりは早く帰れる。
小さいころここは通っちゃ駄目って母さんに言われたけど。何でだろう。
 
『アイス溶けないように気を付けてねー☆』By美優
 
『急がば回れ』なんて糞くらえだ。行くしかないな。
 
危険だと言われてきた道を、ひたすら進む。
不気味な物がそこかしこに落ちてる。
途中で俺は立ち止まった。 
「何だ、これ」
白線が道に横切ってるんだ。
体育館の床にラインが引いてあるあれみたいな。
入らない方が良い気がする。
でも、ここを通らないと着かない。
勇気を振り絞って足を踏み入れた瞬間。
 
手ぶらだった左腕の肘から下が落ちた。
 
「ここはわたくしの私有地ですのよ」
着物とドレスの中間みたいな服を着た女が奥から出てきた。
数秒遅れて猛烈な痛みが襲う。
「私有地…?」
「そう。無断でここに入ったものは誰かの回し者と理解しますからそのつもりで」
すました様子だったが、右手にくないを持ってる。
なんで入っただけで腕が落とされるんだ。
「ふざけるな…俺は、ただ買い出しに行っただけだ…!」
「みんなそう言いますのよ」
「みんなとは限りませんよ」
…今別の声がしたような。
いたって普通の中学生くらいの少女が女の隣に立っていた。
「はい。これ落し物ですよ」
落ちた腕を拾って、俺に差し出した。
「…化物、どうしてここに」
さっきまで無表情だった女の顔が怒りに歪む。
しかし少女はそんなものには意にも介さず、平然と答えた。
「仔羊が迷い込む頃だと思っただけです。別に危害を加えようなんてこれっぽっちも」
「さっ、手を貸しますから。ここから出ましょう」
そういって手を出し、立つように促す。
血みどろの腕を持って、なんとか立った。
 
「どうしてここを通ろうとしたのですか?」
俺は今、少女の応急処置を受け、彼女の部屋らしき所にいる。
といっても処置は簡単なもので、腕は繋がったが動かすことは不可能。
そしてこんなことを聞かれている。
理由は決まって単純。
「アイスが溶けそうだったから。妹がうるさいからさ。早く家に帰りたくて」
そう言って袋の中身を見せる。
「あーこれは…もう手遅れでは」
「冷凍庫に入れればひょっとしたらと思ってさ」
「確か家の冷凍庫に同じものがありますよ。ここは家ではないので、…ありませんけど」
それじゃあ意味ない。
「今度あなたの家に持っていきますね」
…この子に家の場所教えたっけ?
「とりあえずさ、早く…帰りたいんだけど」
「そうですね。この道を行けば突き当たりますから、そこを右に曲がれば大通りに出ますよ」
「分かった、親切にありがとう」
 
自分の人生の中で一番カオスな時間だったと思う。
あいかわらず腕が痛い。勿論歯が痛いなんてやつとは別格。
でも落とされてすぐよりは幾分楽になってる。単に痛みに慣れただけかも知れないが。
兎にも角にも、俺はあの時いつも通ってる道を通れば良かったわけだな。
『急がば回れ』…か、中々どうして的を射た言葉だ。
そんな事を考えるうちに家に着いた。
「おにーちゃん遅い、…ってそれどうしたの!?」
早速左腕の包帯に気付いたらしい。
よく見ると血が滲んでる。
「変な道通ったら腕落とされたんだよ」
お前のせいでな、と言いたい所だが流石にやめておいた。
「これって警察沙汰じゃないの…ねえ、おかーさん!」
二階にいるらしい母さんを呼びに階段を駆け上がっていった。
一応は心配してくれるんだな…
「うわあ…派手にやられてきたわね。どこで?」
「…ごめん、母さんが通っちゃいけないっていってた道を」
「……それじゃ警察は動いてくれないわ」
「どうしてよおかーさん!」
「美優は分かってるでしょ。あそこがどういう所か。あそこでは法律は通用しないのよ」
事がどんどん分からない方向に進んでる気がする。
アイスや冷やし中華の事なんて皆忘れてる。
法律が通じない?
それって一体どういうことだ。
俺に何か隠してるのか?
 
『ピンポーン』
俺の考えを遮るように、部屋に電子音が響く。
「…誰か来たぞ」
今だに話し中の二人に言う。しかし妹は真剣な顔つきで答えた。
「おにーちゃん出て。今大事な話だから」
「分かった」
渋々玄関に向かい、ドアを開ける。
「どちらさま…あ」
そこには見知った顔があった。
 
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