二者択一 2
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「忘れちゃいました?アイスを届けに来たのですよ」
クーラーボックスを両手で持って、少女は本当に来た。
「まさか、本当に来るとは思わなかったな。住所知らないよな」
「私の保護者にインターネットを駆使して調べて貰ったんです。意外とハッキングが上手で」
保護者使って住所割り出すとは…
色んな意味で変わった子だ。
色々というか、危ないって意味で。
つーかハッキングが上手な保護者っているのか。犯罪じゃなかったっけ。
しかし俺の考えをよそに、俺の身体と壁の隙間を通り抜けて、いつの間にか部屋に上がり込んでいる。
「ほらほら、考え込んでいないで食べましょう。ご家族の皆さんの分も持ってきましたから」
「あ、アイスすっかり忘れてたわ。代わりに持ってきてくれたのね。じゃ、ゆっくりしていって」
「うわ…久しぶりのハーゲンだ。それもストロベリー。この甘さがたまらなくて!」
一方家の女二人は、さっきまでのシリアスな空気はどこへやら。アイスで大騒ぎ。
左腕が動かないから苦労するけど、いっぱいあるみたいだから一つ頂くか。
 
「ねー、おにーちゃん」
アイスの時間は終了。何故か母さんとあの少女が雑談タイムに突入している。
間に入れなかったこっちに妹が来た。
大方この少女との関係を聞くのだろう。
「あの子、どうしたの?」
ほら来た、まさしく俺の予想通り。
…でももっともらしい関係なんてない。
何ていうか、命の恩人か?
「腕やられた時さ、看病してもらったんだ」
まあ、こんな感じだな。
「それだけじゃ、アイスには繋がらないよ」
そこまで話せというのか。
うーん…
「…看病してもらった時にな、どうしてあの道を通ったか聞かれたんだ。アイス間違って先に買っちゃったから、近道したかったと」
「その証拠にこれ見せたら、もう手遅れだから、同じアイス持って行ってやるって」
不自然な気もするけど、こんなもんか。
「初対面ってこと?」
「つまりな。住所も教えてないのに」
「へー…」
聞くだけ聞くと、妹はだんまりになってしまった。
とてつもなく考え込んでいる。勉強の時以上の集中力を感じるが、気のせいだろうか。
「あ、もうこんな時間ですか。そろそろ帰らないと」
クーラーボックスを持って少女は立ち上がろうとした。
それを母さんが制止する。
「あのね、もしよければ一晩泊まっていかない?」
…何故そうなる。
「構いませんよ」
そして何故承諾する。
普通お泊りはある程度仲良くなってからだろ。
それとも、この短時間で仲良くなったのか?
「ね、次は私とお話ししよ!」
「喜んで」
女子の世界はつくづくわからん。
…あれ。
保護者いるって言ってたけど。
無断外泊ってことにならないか?
確認済みならいいが…未確認の上俺に何か(お察しください的な)濡れ衣を着せられたら…
それだけは…人生を間違える気がする。
そこに考えが至った俺は二階に上がろうとしていた二人を呼び止める。
「ちょ…ちょっと良いかな?」
「はい?」
「さっき保護者がどうのこうのって言ってたろ。もう報告はしてあるの?」 
「報告?」
「ほら…ここに一晩泊まりますって。連絡しないの?」
「ああ、そうですねえ。今頃…ふふ」
今、笑った?ここって笑う所なのか。
「ま、大丈夫でしょう」
あっけらかんと少女は言う。
「そんな軽く…」
「どうしてもというのなら、代わりにここに連絡しておいて下さい」
そう言って一枚の紙切れを渡す。
電話番号らしき数字の羅列。口ぶりからして少女の家に繋がる番号だろう。
「…分かった」
その後少女は妹と共に妹の部屋がある二階に上がって行った。
…さて、ここに電話すればいいのか。
ハッキング出来る保護者ってどんな奴だよ…。
 
『RRRRR…』
何で見ず知らずの人間に電話する羽目になったんだ。
「ふう…」
もう溜息しかでねーよ…
そもそも、すれ違った(?)女に腕を落とされるなんて。
そして、これまた知らない少女を家に泊める事になるとは。
俺のそんな考えをよそに、不意に男の声が聞こえる。
『はい、どちら様でしょうか』
何と言うか、愛想なんてこれっぽっちもない声だ。
出来れば出てほしくなかったな、という思いを押し殺し、会話を始める。
「あ、初めまして…ですよね。ちょっと娘さんの事についてお話したいと思いまして」
我ながら、良い返し方だ。ここまで言葉がすらすらと出るとは。
『…で、何かありましたか』
声が一段と低くなった。
不機嫌さがさらに強調された気がする。
あの少女の含み笑いの意味が分かった気がする。
…早く終わらしてえ…
「えーと…僕もよく分からないんですけど、こちらでお泊りすることになっちゃいまして…」
分からない…うん、分からないな。これは。あの子には悪いけど、分かりたくもない。
『構いませんよ。何ならそっちで引き取って下さい』
「…」
え…?
残念ながら俺の貧弱な脳味噌では、この発言を理解するには数秒掛かる。
……
…要するに、え、何だ…?
何故か昔見たテレビの…誰かの言葉が、俺の口で再現された。
「あなた、それでも親ですか!!」
『…?』
「自分で生ませたんなら、責任持って出来うる限りまであなたの手で育てるべきでしょう!!?」
そこまで言い切って、俺は後悔の渦に誘われる。
何か…俺とんでもない事を口走った気がする。
母さんも料理の途中でこちらを…あれ、引いてる?
妹が居ない事が唯一の救いだろうか。
受話器の向こうから深ーい溜息が一つ。
あっちに住所が知れてるんだからもしかしたら殴り込みに来るんじゃあ…?
どうしよう。
『何を勘違いしてるんですか』
しかし、相手から予想外の一言が。
「え、それって…?」
『だから、彼女の親ではありません。いかにもそれっぽく彼女が触れ回ってるだけで』
状況が中々理解出来ない…
『…聞いてます?』
「はい…え、えっと…」
『だから、しばらく預かってて下さい!』
ガシャン。
勢いよく電話の切れる音がした。
未だに分からん…
じゃあ、何であの人は保護者って呼んでるんだ?
考えれば考えるほど、頭がこんがらがって来る。
「…あんた、頭おかしくなったの?」
「え?」
「いいから、もう寝なさい」
母さんに冷めた眼でそう言われ、不本意ながらも就寝した。
 
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