二者択一 3
 
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 俺は、ずっと昔から気になってた事がある。
「おかあさん!どうしてみんな身体のどこかに包帯を巻いてるの?」
そう。ここら辺の子供…いや、人間は皆、何処かしらに包帯を巻いてるんだ。
 
そして、その中で俺だけ、それが無くて苛められた。
あの時は意味も分からず、ただ理不尽さを嘆いてた。
どうして俺だけ無いんだって。
 
あいつらがその包帯を外した所は一度も見た事がない。
 
身体の一部みたいに、ずっと付き纏ってるんだ。
 
家族には黙ってたが、俺は外に出掛ける事すら苦痛なんだ。
どこか疎外されてる気がして。
 
…え、家族にくらい話せって?
 
違う。妹だって母さんだって、そういう意味ではあいつらと同じだ。
 
勿論、この現状には満足してる。むしろ変わらないで欲しい。
変化は、必ずしも良い物を運ぶとは限らない。
いつかあの包帯の意味を知ってしまう気がして。
 
意味ってのは、知らない方が良いと思うんだ。
 
この穏やかな日常が、壊れてしまうんじゃないかって。
 
怖い……
 
 
 
「またいつでも来てね」
「すっごい楽しかったよ!ウノ連敗しちゃった…次は勝つからね!」
「受けてたちましょう。いつか来るかもしれませんが、その時はよろしくです」
恒例…かは分からんが、この見送り行為はよくあるんじゃないかな。
女子共は楽しそうだが、同じテンションではいられないな。
「ちょっと、おにーちゃんも何か言ってよ!」
…とにかく眠い。
昨日は色んな事を考え過ぎて寝付けなかったんだ。
「おにーちゃん?」
こうして頭が働いてる以上、とりあえず何か言っとくか。
「あー…、暇で死にそうになったら来ていいよ。部屋は何個か空いてるから」
何を言ってるんだ俺よ…
部屋が空いてるってのは事実だが、『また来い』的な事言ってどうするんだよ。
建前とはいえ…
「分かりました、またお会いしましょう」
…真に受けた。 
あの保護者(?)の言い様からして、本当にまた会いそうだな。
何故か、少女のクーラーボックスを持つ両手の、包帯を巻いた左手首が眼に入った。
この子もか…また嫌な物を見てしまった。
俺の視線を感じたのか、それが見えないようにクーラーボックスの下に隠してくれた。
「じゃあ、そろそろお暇しますね。この暑い中ですから、体調管理はしっかりなさって下さい」
礼儀がしっかりしてるな…外見とは裏腹に精神年齢は高そうだ。
こんなに小さいのに。
…あれ。
「……?」
「………」
少女は訝しげに俺を見ている。
「何かついてる?」
「……何でもありません」
表情を曇らせて、少女は言った。
絶対何かあったはずだ。
あんな言い方じゃあ…きになって仕方がない。
そんな思いをよそに、
「それでは、またいつか」
少女は何処かへ行ってしまった。
 
 
あの変な二日間から数日後。
「ゲーセン行こうぜ」というクラスメート達の誘いで、不本意にも俺はゲーセンに行かなくてはいけなくなった。
ゲーセンも、人が多いから行きたくない。
それに、お金も掛かるし。
誘惑には弱いんだ。今月は金欠だし…
この時点では、百円玉が八枚。
五百円玉と百円玉以外は貯金。そうしたらこうなった。
…とにかく、来たくなかった。
腕に関しては、大丈夫なんだが……
 
「おい、金両替してくるから少し待ってろ!」
…ほーら…
予想通り、今回も俺は待たされる事になる。
こういう所に来て素直に楽しめた記憶がない。
クラスメートの一人が手を振る。その時、半袖の中から真っ白な包帯が覗く。
 
『どうしてみんな身体のどこかに包帯を巻いてるの?』
 
幼い頃母さんに言ったこの言葉がふと浮かんだ。
この問いに、母さんは答えてくれなかった。
そんな母さんの右腕にも、あの包帯。
 
一人だけ、取り残されてるような気分。
それで虐める様な奴はいなかった。
皆良い奴なんだ。俺がそんな小さい事を気にしててもしょうがない。
そう…思いたい。
 
 
「…ん?」
……
…暑い…
ここは…?
…ゲーセンか。こんな所で居眠りとは。
どーせあいつら、帰ったんだろうな。
…暑過ぎる。
とりあえず、早く家に…
 
「ああっ…あと少しなのに…」
聞き覚えのある…どころか、完全に聞いた事のある声が、近くのクレーンゲームから聞こえた。
間違いなく、あの少女だ。
髪型が印象的だし、自分の家で泊まって行った人間を忘れるほど俺は馬鹿じゃない。
向こうのほうに、そのクレーンゲームに寄り掛かって立ってる青年らしき奴もいる。こっちに背を向けていて、顔は見えない。
しかし、それはともかく。
「あ、ああ…!また…もうお金が、、」
今にも泣き出しそうだ。
彼女は、丁度昨日のクーラーボックスくらいの大きさのぬいぐるみを取りたいらしい。
だが、この俺から言わせれば、まずクレーンの使い方がなってない。
よほど小さいやつじゃないと挟めっこない。
ここはクレーンのどちらか片方で、ぬいぐるみを手繰り寄せるべきはずだ。
…それ以前に、あれは三回あれば取れる気がする。
あんなに落とす穴に近いんだから…
 
俺がそんな事を考えていると、同じ方向から今度は半泣きの彼女の声が。
「お願い、もう一回!あと一回あれば必ず…」
お泊りの時はあんなに大人びてたのに。歳相応の一面だ。
どうやら、近くにいた青年にお金をねだってるようだ。
彼の声が小さく会話の内容は分からないが、時折聞こえる声から察するに、あの時電話に出た男だ。
確かに…当たり前だがあの子の親じゃないな。嫌々いとこの世話を押し付けられたって所かな。
 
様子からして、交渉は難航しているようだ。
顔真っ赤にしちゃって、あそこまであのぬいぐるみが欲しいのか。
財布の中を確認。
さっき少し使ったが、百円は四枚残ってる。
あのぬいぐるみを取るなら十分……
 
…おい…
何を考えてるんだ、自分。
早く帰りたい気分なのに、こんな事したら面倒な事になるだろ。
 
まあ、自分で使うよりは有意義な利用法だけどさ。知識だけあって実際には全然取れないからな…
それに困ってる少女を助けないなんて、後味悪い。
…よし!
助けよう。
 
「もし、お嬢さん」
右手で顔を隠し(多分隠しきれてない)、二人に近づく。
「はい…?」
泣き腫らした顔で、少女は返答。
「早速だが、君にはこんな物をあげよう…きっと喜ぶだろう」
そう言って俺は使い慣れてない左手の掌を開き、その上の百円玉三枚を渡す。
何故一枚残しておくか。ここは暑い…あとで何か飲みたいからだ。
左手を使ったのと、こんな言葉使いには、深い意味はない。
気付いたらこうなってたのさ…
そんな状態の俺をよそに、少女は…
「良いんですか…?私に?」
知らない人間(のつもり)だし、いきなりお金あげるっていっても、普通は疑うだろうな。
どうするかな…
「無駄ですよ」
ん?
…すっかり忘れてた。
「どうせ無駄に終わりますよ。あそこの自動販売機でコーラ買って帰った方がずっと有意義に使えます」
…分かってるよ…未だにそう思ってる自分もいる。
それをすれば妹も母さんも喜ぶよ。
でもな…ここまで来た以上、もう引き下がれないんだ。
既に軽く後悔してるさ…!
今頃、家で冷たいジュースを
 
ガシャン。
 
そう、それくらいの音。
地味に終わった。
店内特に変化なし。ゲーセンは雑音がすごいからな。かき消されたんだ。
ごめんなさい、としか言えない状況。
要するに…
少女が彼の背中を押して、横のクレーンゲームに押し付けた。
って言えば分かるかな。
 
「これはあくまで私の戦いですから、黙ってて下さい」
なんとも可愛らしい…いや、悪魔的微笑を湛えて言った。
ぶっちゃけ、君は少女なのかい?
そう言いたくなった。
 
ああ、そうか、彼が一番の被害者なんだな…
 
全てを察した気がした。
 
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