世界一レトロで残虐な成り代わり 1
 
――――――――――――――――――――――――――――
 

とある廃屋の中。木箱や木材、農具が乱雑に置かれたそこで、彼女は作文を書いていた。
やることなど何もない。彼女はこの作業に没頭していた。
自分の事は彼女にもわからなかった。だからこの作業は自分を理解するにはうってつけだった。

その少女は、食べ物など何もないそこで、餓死するものと思われた。
しかし、少女は…これを書いている内に気付いてしまった。農具を使えば外に出られると。
作文は書きかけのまま放置され、少女は外に出た。

そこから、『呪われた子』の逃亡生活が始まった。



  人殺しについて
                   無藤 静可
わたしは、人を何人か殺したことがあります。
正確には何十人かもしれませんが、数えていないので分かりません。
人殺しは皆悪いことだって言うけれど、ごめんなさい。
一日一回は人を殺さないと、生きていけないのです。
わたしは大体、いつも同じ方法で殺します。
一番頻度が多い殺し方は、鉈・包丁等でまず相手を切りつけます。しばらく何回かそれを繰り返して、相手が衰弱してきたら止めに、包丁なら心臓を刺し、鉈なら後頭部を殴ります。
最初はあまり楽しくありませんでした。むしろ怖くて逃げてしまいたいほど、自分の中では一番嫌いな行為でした。
なにより、血が苦手だったのです。子供が何か鋭いもので切り傷を作ったとします。ただしその時点では泣かず、傷を弄って血が出たところを見て初めて泣く…。そんな思い出がある方も多いのではないでしょうか。
わたしの恐怖は、それに近いのです。むしろそれ以外では何も怖くありませんでした。
勿論、包丁とか鉈とか、物騒なものを扱うことや人を殺すこと自体に怯えていた頃もありました。
しかし、人間の順応性はすごいですね。
殺人という行為や血に対する恐怖はじきに消えていきました。
丁度…どうでしょうか、殺人を初めて6ヶ月たったくらいでしたね。まあ当初から一日一人は必ず殺してましたから、それで慣れないほうがおかしいのかもしれませんが。
むしろ2年目くらいからは殺人を「楽しい事」と捉えていました。今もですがね。
例えばこれを読んでるあなた…あなたは一体どんな皮膚なんでしょう。
人によってわずかですが、皮膚が千切れやすい人と千切れにくい人がいるんですよ。
それに、血の味も中々なんです。やっぱり肥満気味の人とかはイマイチです。脂肪が多いからですかね。
不思議ですね。あの時はあんなに怖がってたのに、今はこうも美味しく頂いてるなんて…

さて、最後に書いておきましょう。私が殺人を始めた理由を。
……顔が必要なんです。私には、なんていうか、万人受けする顔がない…といえば分かりますか?
この忌むべき顔のせいで、私はどれほど苦労したことか。
だから、借りたんです。唯一の親友だった彼女の顔を。
そしたら…皆仲良くしてくれたんです。確かに親友の顔を剥ぐのはとてつもない苦痛でした。
でも良いって言ってくれたから。私が犠牲になってもあなたが皆と仲良く出来るなら良いって言ってくれた。
そう言ってくれなかったらわたしはずっと一人ぼっちでした。
だけど、夢のようなときはすぐ終わってしまいました。
顔が腐ってきたからです。ぐしゅぐしゅのくしゃくしゃになって、もう顔につけられなくなったのです。
しかも、親友の死体も見つかり、彼女の顔では過ごせなくなりました。
ついに彼女はわたしだということが分かり、皆私の事を「呪われた子」と言いました。
わたしの親が「フェイスクラッシャー」と呼ばれた人殺しだったので噂は村中に広がり、生活できないほど嫌がらせを受けました。
わたしはどうしても耐え切れず二度目の


「どう思います?」
「どうって…」
5月8日。私たちはいま、とある廃屋の中でこの作文らしきものを読んでいる。
村で昔から伝わる…言わば都市伝説のようなものだ。
こうして私たちは二人でいつも、オカルト研究部の活動をしている。
どういうわけかこの廃屋の調査依頼が舞い込んだため、今ここにいるわけだ。
「書きかけだし断定はできないけど、強いて言えば、途中で書いてる人が変わってるような気がするんだけど」
「そう?」
「もう、茜はほんとに鈍いねー。ほら、最初のところは『わたし』なのに真ん中らへんで『私』になってるし、最後でまた『わたし』に戻ってる。同じように最初はいかにも小学生の作文って感じなのにさ、途中だけあたかも読んでる人と話してる風に書いてあるってこと。…聞いてる?」
「え?あぁ、聞いてる聞いてる」
「絶対聞いてないでしょ!」
「つまりさ、この作文書いた人は多重人格だと、そう言いたいわけ」
「よし、上出来だ悠美。即座に報告文を書いてここから出ましょう!」
「なにからなにまで他人任せとか…部長なんだからしっかりしてよね、もう」
そう言いつつ、白紙のレポートに文字を埋めていく。悠美ってば良い子すぎるよ…!
「あの…」
「「?」」
背後のドアから、二人の人影がのぞく。
「美玖と、優希じゃん。どしたの?」
「ったく、どしたのじゃないよ。言っとくがここは一般人は立ち入り禁止なんだぞ!結局いつも俺が怒られるんだから、ちゃんと許可とって入れっていつもいつも…」
「立花くん、そんなに怒らないで…二人も悪気があったわけじゃないんですから」
優希が怒り、美玖がなだめる。うん、いつものパターンだ。
「あ、そういえば二人はなにか読んでたんですか?」
右手で左腕の手首を掴むという不自然な体勢で私たちの隣にしゃがんだ。どうやらいつもの癖のようで、隠されている部分を私たちの中で見たものはいない。
10秒ほどで美玖が口を開いた。
「…はい、もう大丈夫ですよ。読み終わりました」
「「「もう!?」」」
「少しだけど、『わたし』の気持ちが分かります。かつてそういう時がありましたから…」
微かに悲しみを湛えた瞳で、美玖は言った。
「でも、ここからは早くでた方がいいですよ」
声のトーンを変えて言いながら、すくっと立ち上がった。
「お、やっぱりそう思うか。美玖が味方になるなんて珍しいな」
「いえ、そういう意味ではありません。それとも立花くんは顔の皮を剥がされたいですか?」
いつにも増して真剣に答えた。いつも飄々としているせいか、急にここが恐ろしくなってきた。
私たちは1分もしないうちに、この廃屋から抜け出した…

―――――――――――――――――――――――――――――――
 

小説TOPへ   HOMEに戻る