世界一レトロで残虐な成り代わり 10
 
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以下、静可の日記より抜粋。
[五月九日
 何年か前の今日、兄さんが居なくなった。いつまでも私を護ると言ってくれていたのに。
 何年か前の今日、クラスメートのあの子が居なくなった。昨日まで覚えていたはずなのに、名前が思い出せない。
 今、さとちゃんが近くにいる。私の為に、色々手伝ってもらってる。
 何年か前の今日、本当の、私という存在を捨てた。
 生きるためなのか、それとも逃げるためか。
 それを考える事さえ放棄し、ただただロボットのように人を人形にする。そしてさとちゃんが人形を肉塊に変え、食らう。
 
 最近、そんな作業に喜びを見出してきた。
 そんな自分が嫌い。
 沢山の事を捨てたくせに、人間は捨てたくない。今更勝手な事を。
 きっと私が、友達が欲しいと思った事が間違いだった。
 どんなに除け者にされようとも、兄さんと二人で慎ましく暮らしていれば良かった。
 あれだけで、十分幸せだったのに
 
 せめて、兄さんだけは]
 
 
                  *
 
「誰だったっけ?」
「あの、私の身代わりにした奴よ」
「あ、そっかあ。あんたらに聞いても意味ないね」
 
「私、まだまだ食べ足りないの」
「私の糧になってちょうだい」
 
 
「さて、血も乾いて来た事ですし。そろそろ行きますか」
美玖はソファに体育座りしている静木に呼びかける。
しかし、返事は無い。
彼の目線の先にはテレビがある。それで気を紛らわそうとしているのだろうか。
「聞こえないフリをしても無駄ですよ」
美玖はそう言って静木の後ろに立ち、左手で襟元を掴む。
そしてそのまま持ち上げた。
「あっ!?」
「どんな事をしてでも連れて行きますよ」
持ち上げたは良いのだが、何分美玖は背が小さい。よって彼もソファに足が着いた。
普通なら、これで逃げれるが…彼女は普通ではない。
足が着こうが着かまいが関係なく、この姿勢のまま玄関まで引きずられた。
はたから見ればこの光景は随分と奇妙なものだ。
 
彼女の左手首からは、紫に変色した切り傷が覗いていた。
 
 
「…いなくなっちゃった」
「あの時、確かに…!」
「……」
「!ごめんなさいさとちゃん!ごめんなさい、ごめんなさい…」
「違う、これは私の失敗!静可は何にも悪くない!!私がいっそ全員殺ってしまえば良かった!!!」
「どうして…元々は私が……!私が巻き込んだのに!」
「違う、違う違う違う!わかってよ!全て私が悪いのよッ!!!」
「うわあああああああああああああっ!!!!」
「…はー、ああ…は、はー…もう…嫌だよ…はー、もう人を死なせてまで生きたくない…!?」
「何を世迷言を!私の人生は静可に捧げたんだから静可もやりきりなさいよ!!!!」
「はー、は、はー…あはははは…ごめんなさい…ごめんなさい……」
 
 
「ふう、相変わらずすごい埃…」
美玖達が丁度家を出た頃、茜はあの廃屋に来ていた。
昼間に調査で来た八日とは違い、今回は夜中。木に囲まれたここはとても暗い。
「懐中電灯か何か持ってくれば良かった…何にも見えない」
茜は落胆した声で言う。
しかし、彼女の背後から眩しいほどの光が廃屋全体を照らす。
「やはりここに居られましたね、茜さん」
いつものおとしやかな佇まいで、安楽城はそこにいた。
「どうして、ここに?」
「私も一度来ようとは思ってたんですけどね。なかなか時間が取れなくて。要は絶妙なタイミングって事ですよ」
「あ…ありがと…こんな手探り状態でどうしようかと思ってたの…虫とかもいそうだし」
「では、一緒に探しましょうか。…でもその前に」
安楽城は携帯を取り出した。
 
 
さっきまで二人がいた家に、よく通る電話の音が響く。
およそ三十秒ほど、それは一定の電子音を続ける。
それが鳴り終わると、家に黒服が何人か、扉を蹴り破ってのりこんで来た。
だがそれは無駄に終わる。
つけっぱなしのテレビ。
廊下に続く真っ赤な血。
あの二人がどうなったか、想像するだけなら容易だろう。
その想像と現実は全く違うのだが。
 
 
「……」
「安楽城さん、…どうしたの?」
「急ぎましょう」
「二人はもしかしたら…」
 
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