世界一レトロで残虐な成り代わり 11
 
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「さあて、死体…『上野里見』の役もそろそろ降りようかな」
「……え?」
「何故死体の役を買って出たかって?」
「君も随分と意味の無い問いを…」
「まあ良い、今日の私はとてつもなく退屈だから答えてあげよう」
「…面白い事に成ると想ったからさ」
「時として、残酷な結末を愉しむ輩も居る物だよ」
「勿論ハッピーエンドも美しいがね。現実と理想は相反する事が多い。自分の思惑通りにはそう巧くはいかないだろう」
「だけれど、人間にも沢山の種類が居るからね。『誰か』の思惑通りには若しかしたら行くかもしれない」
「そんな『毎回当たりを引く奴』は巧く行き過ぎて、世の中に愉しみを見つけられなくなる」
 
「…いいや、まだ早過ぎたかな」
「君はまだ分からなくて良いよ」
 
「そろそろ、幕を下ろす時間だ」
「この物語は私の為だけに造った物だから、君の好みには合わなかったかも知れない」
「でもこれからも私は私の為に…私の手の届く範囲で物語を造り続ける」
「だから次の物語からは、君に会う事は無いかもね」
 
「でも、また何時か会えたら。その時は君を歓迎しよう」
 
「それじゃあ、またいずれ……」
 
 
               *
 
五月十三日、午前零時零分。二人…いや、四人は共に裏山に居た。
彼らはそれぞれまだ相手には会っていないが、対面するのも時間の問題だろう。
どす黒い雲が空を覆う。
 
数分間美玖達は歩き回り、静可はさっきまで美玖が横たわっていたそこで座り込み、里見は彼女の近くで目を見張らせていた。
 
 
そして…午前零時十五分。四人はついに出会った。
 
美玖が包帯の隙間から、低いトーンで言葉を発した。 
「貴方自身とは初対面ですね…無藤静可さん」
「……!」
その言葉を受け、静可はよろけながらも鉈を手に持って立ち上がった。
「どうして、、生きてるのよ…、!!」
それまで下を向いていたが、美玖の方に向き直って…静可は気付いた。
彼女と一緒にいる人物に。
 
「…兄さん」
 
少しずつ、ぽつぽつと雨が降り始めていた。
 
「こんな時、どうしたら良いの?」
血塗れた汚い顔を左手で押さえて、小さい声で言った。
「分からない…こんなに簡単な事さえ……!」
鉈を落とし、顔を掻き毟り始めた。
泣きながら、笑いながら。
「あははは、あははははは……」
諦めたような笑いだった。
「……」
美玖は腕を組んで、それを見て呟く。
「…可哀想に」
 
「泣いてる場合じゃないでしょ?」
しばらく何もしていなかった里見が、静可の肩に手を置いた。
静可も動きを止める。雨のせいで随分と顔が綺麗になっている。
「…?」
「あいつらも殺さなきゃでしょ」
あらかじめ持っていたであろうワイヤーを手で弄びながら。
里見の一言を受け、静可は悲しげな表情で頷く。
落とした鉈を拾い、やはり右手で持って美玖達の元に、ゆっくりと歩いてくる。
眼は無感動に、口は僅かに笑い、下を向いたまま。
合わせて二人は行動を開始した。
いち早く行動したのは静木の方である。
彼はその場にいる誰よりも速く…逃げた。
良く言えば自己防衛。あるいは本能に忠実と言えなくもない。
それに対し美玖は、彼の襟元をがっしり掴み、逃げる事を許さなかった。
そのまま静可の方へ引っ張り、無理矢理兄妹を対峙させて、彼女自身は里見の所に。
…行く前に、静木の耳元で囁いた。
 
「そっちはお願いしますね。お兄ちゃん」
 
訳も分からずに美玖の方に振り向くと、彼女はにっこりと微笑んだ。
次の瞬間、美玖の右腕が切断された。
 
 
 
「可笑しいね、可笑しいね」
静可に関しては時には不気味な笑い声も交え、五メートルほどの距離をキープして。
兄妹は向き合っていた。
「けらけら……どうして雨が降ってるのに傘を差さないのかな。けらけら…」
首を不自然な角度に曲げ、壊れた人形のように…無表情で。
「全く、可笑しいのはこちらの方ですよ」
警戒しつつも、静木も会話に加わる。
「え?どうしてかな、どうしてかな。けらけら」
「私は兄さんの方が可笑しいと思うな。だって可笑しいもの」
 時折左手に鉈を持ち替えたり、悪戯に振り廻したり。
そんな妹に、兄は溜息混じりで答えた。
 
「あえて貴方風に言うなら、『どうして自分の意志で殺人をしないのかな』…とでも言いましょうか」
 
一瞬、静可の動きが止まった。
畳み掛けるように、静木は続ける。
 
「そこまで人間捨てて生きるくらいなら、死んだ方がマシ…そうは思いませんか」
 
静可はそれまでの動きを全て止めた。
笑いだけは変わらない。
だが、その笑いも…
とても寂しそうな、人間味溢れる微笑みとなった。
「分かってる」
「本当に可笑しいのは、自分自身だって。ここまで人を死なせてまで生きてたって楽しくない」
真っ直ぐ、お互いを見据えて。
「いつまでも連鎖を止められなかった自分が悪い。…さとちゃんは何も悪くない」
「まだそんな事を…」
「付き合わせちゃった私が全て…」
静可の顔から、ぽたぽたと涙とも雨とも知れない液体が落ちる。
 
「雨が、強くなってきたよ」
「…そうですね…、…!」
それだけ言い終わると、妹は地面に膝を突いた。
手元の鉈を兄に…いや、彼のすぐ近くにある木に投げつける。
鉈は木にさっくりと、持ち手の部分が兄に向くように刺さった。
「私は一人じゃ何も出来ないの」
力なく妹は微笑んだ。
「…これで一体何をしろと」
「我が儘なのも分かってる。でも、これでみんな終わる…」
「つまり…」
「私の自殺を、手伝って欲しいの」
 
 
 
「…」
「あはははは!腕が取れちゃったじゃない!」
肘から下が綺麗に切り取れた自分の腕を、美玖はじっと見つめていた。
赤黒くなった包帯の間から、血が噴き出す様を眺めていた。
「利き手じゃないだけ感謝することね」
血が僅かに滴るワイヤーを構える里見。
「別に…」
「え?」
「手加減というのは、何度やっても慣れませんね…」
「どういう意味よ…負け犬の遠吠え?」
「そのまんまの意味ですよ…それはそうと、お返しです」
それを言い終わった刹那、里見の首に左腕を使ったラリアットが襲った。
「かは…ッ!?」
攻撃はそれでは終わらず、里見が後ろに倒れた所を、丁度向こうにあった木に左前腕部で叩きつけた。落ちる前にそれを受けたのだから、当然目にも止まらぬ速さで。
得意のワイヤー攻撃を繰り出す事も出来ない。
そのまま肘で押さえつけたまま、器用に左手で里見の両手のワイヤーを取り上げる。
指の内側に血が滲むが、美玖は気にしない。
「そういえば。私の顔はどうしました?」
言いながら、奪ったワイヤーを遥か向こうに投げる。
「…食べたわよ。生きてる人間の皮を使ってもばれるかもしれないでしょ」
「成程、今までの被害者の死体もそうしてお食べになったわけですか」
「何か問題でも?」
「…じゃあ、貴方はこれから警察にお世話になって下さい」
美玖は里見の襟元をやはりがしりと掴む。
「…まさか」
「都合の良い事に、茜ちゃんの家に警察の方々が来ている様ですから」
「私をそこまで、連れて行くって気…!?」 
「そんな疲れる事はしませんよ。もっと手っ取り早い方法があるでしょう」
悪魔的笑みを浮かべ、今度は自分の方に里見をぐいっと引っ張る。
「まさか…私を投げ」
「正解です。少しばかりスリリングな体験をして貰おうかと」
「…化物!!」
「化物、ですか懐かしい呼び名ですね。安心して下さい。私の力では精々茜ちゃんの家の近くぐらいにしか飛ばせません」
「――…!!」
「では、いってらっしゃい♪」
雨雲に包まれた空に、彼女の悲鳴が響く。
 
 
 
同時刻、兄妹達は…
 
「嫌です」
 
「…え?」
 
「そんな事したら…逮捕されますから」
 
「………」
 
美玖と里見の決着があっさり着いたその時、こちらでは間抜けな問答が続いていた。
 
「ど、どうして!」
静可がそう言いかけた時、
「良かった、皆無事みたいだよ!」
「私達の出る幕もありませんでしたね…」
木の陰から聞き覚えのある声がした。
「撫子さん、静可さん」
 
茜と安楽城だった。
雨で濡れてしまった作文用紙らしき紙一枚をその場にいる全員に見せる。
「幼少期、静可さんが書いたと思われる作文を見つけましてね…茜さんが」
「恥ずかしながら、オカルト部の調査で」
「だからと言って、特に何でもないんですけれど」
「こんなに濡れちゃったし…」
 
「…撫子さん?」
思わず拍子抜けしてしまう静可。
「あ、ごめんなさい。どうとでも呼んでくれって言われちゃって、たまたま思いついたのがそれで…」
「…面白いね、それ」
「後から失礼だったなと思って、うーん…」
 
「…」
すっかりガールズトークに入れなくなった静木。
眼に入った、木に刺さったままの鉈を引き抜く。
そして、人の居ない山の頂点の方角に放り投げた。
鉈は綺麗な放物線を描き、すぐ木々に隠れて見えなくなった。
 
「『解決』したんですかね、これで」
 
「いえ…まだです」
 
「相変わらず、何処からともなく現れますね」
 
「そんなことはどうでもいいのです。…静可さんも罪を犯してしまった。だからこれから罰を受けなければいけない」
 
「…でしょうね」
 
「じきに、『解決』しますよ」
 
 
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