世界一レトロで残虐な成り代わり 2
 
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翌日、5月9日の午後4時くらいだろうか。草木が生い茂る一本道で足早に駆けていく一人の女子高校生がいた。
彼女の名前は御嵩茜。ピンクのゴムで束ねたツインテールの髪型になっている。
…が、顔色は悪く、表情もどこか曇りがちだった。
「…もう悠美ったら、いつも一緒に下校してたのに。今日に限って忙しいなんて」
不満げに茜は一人、呟いた。
彼女は昨日美玖が言ったあの一言から、怯えていた。
『それとも立花くんは顔の皮を剥がされたいですか?』
無論、これは茜に言ったものではない。だがあの場に茜もいた以上、そうなる確率は彼女にも等しくあったはずだ。
あるいはたまたま立花が美玖の言葉に答えたから彼に向けて言っただけであって、茜が答えていればこの一言の『立花くん』の場所が『茜ちゃん』となっていただろう。
その考えに至り、彼女はまた身震いをした。

ちなみに昨日廃屋で話をしたあと、立花とは会っていない。
今日、立花は欠席したからだ。
担任も彼の事については何も言わなかった。それがまた茜の恐怖心を倍増させた。
「大丈夫ですか」
不意に後ろから声がした。
「美玖…」
知り合いだと分かり、足を止める。
「どうしてこんなところに?美玖の家は反対側でしょ」
「二つばかり、茜ちゃんに用事があるんです」
「二つも?私に??」
茜には思い当らなかった。昨日廃屋で悠美が書き上げたレポートも顧問の先生に提出し、宿題も今日は何もない。
茜の心中を察したのか、美玖が先に口を開いた。
「それじゃあまず、一つ目から。悠美ちゃんに頼まれたんです」
「悠美に…?」
「そう。茜は意外と怖がりだからって、二人で下校してくれって」
怖がりだということを美玖に知られたのは少し恥ずかしかったが、ここから自宅までまだ距離がある。しかも周りは草だらけでかなり暗く、一人ではあまりに心細かったため、今の茜にはありがたい気遣いだった。
「じゃ、行きましょうか」
「うん。…でも大丈夫なの?美玖の家とは反対方向でしょ?」
「はい。ここにはもう何年も住んでますから。目を瞑って村一周なんてのもできますよ」
「すごいね。私なんかまだ引っ越してきたばかりだから学校まで行くのが精一杯だよ」
暫く、そんな他愛もない話で盛り上がっていた。

「…あ、そういえばさ」
「?なんでしょう」
「もう一つの用事があるって言ってたよね。なんだっけ」
それを思い出したのは、茜の家が見えてきたころだった。しかし見えたといってもかなり遠いうえに坂が沢山あるため、5分はかかるだろう。
「…」
美玖はすぐには答えなかった。だが、茜の問いかけで足がもつれ、いつも左手首を掴んでいる右手も離しそうになる。
その反応をから察するに、よほどの事を話すつもりだったようだ。
「言っても、冷静でいられますか?」
「…え?」
そう言って、美玖は足を止めた。茜も戸惑いつつ、動きをとめる。
「正直言って、貴方に耐えられるとは思えません」
いつものつかみどころのないような雰囲気が消え、刺すように茜を見つめる。
は私が最初に話を匂わせてしまいましたが、もう少し落ち着いてから話すのが最善かと」
茜の頬に、汗が伝った。冷や汗だった。
「私には責任を取ることはできませんから。ですが貴方がこの事実を受け止められる覚悟があるのなら。ありのままを伝えます」
もう、彼女はすでに分かってたのかもしれない。ただ誰からも聞かなかっただけでで、それから目を背けていた…。
ほんの少しの希望に賭けていた。
きっと優希は旅行か何かで忙しくて学校に行けなかった。そんな笑い話を求めていた。
「うん…」
「いいんですね?」
声を出すことが出来なくなる程、不安に押しつぶされていた。
でも…現実を知らないといけないと。
生きているのか、死んでいるのか。聞かないといけない。
事実を受け入れる覚悟を決め、茜はコクンと頷いた。
「では、言います」

「立花くんは学校の裏庭の隅で、死体として発見されました」

運命は残酷にも、茜にとって一番辛い事実を叩きつけた。
美玖はさも平然と答えたが、彼女もまた密かに涙を堪えている。
暫くの沈黙ののち、茜は膝をついた。
事実のみを簡潔に伝えたため、すぐにその意味を理解することが出来なかったのだろう。
「…!!―――――!!!!」
そして、茜は言葉の意味を知ると、溢れんばかりの涙を流した。
美玖はいつもの優しげな瞳に戻った。茜と同じように膝をつき、苦痛を少しでも和らげるように、何かを囁く。
それはとても静かに、小さく…、内容は彼ら二人以外に聞こえないものだったが、茜を思いやる言葉であったのは間違いない。

何分たったのだろうか。辺りはもう暗くなっていた。
やがて、学校の方から人が歩いてきた。
…悠美だった。
「悠美ちゃん…」
茜はまだ泣いているが、さっきよりはいくらか収まった方だろう。
「ひょっとして、言ったの?」
悠美は美玖を咎めるように言った。
美玖は何も答えないが、代わりに首を振る。おそらくは茜の気が落ち着かせるため、そっとしてほしい…そんなところだろうか。

まだ足取りはおぼつかないが、なんとか一人で歩けるようになった。多少は悠美の肩を借りているが。
ほどなくして、茜の家に着いた。
悠美の家は茜の家の隣だ。あとは自分でなんとかすると伝え、美玖に帰るように促す。
「悠美ちゃん。茜ちゃんに一つだけ、言いたいことがあります」
そういって、茜の近くに駆け寄った。途中悠美に制止されたが、気にしない。

さっきと同じように、儚いほどの小さい声で、囁いた。
「…大丈夫ですよ。きっと、きっと私が護ります。」

気のせいか、幾分落ち着いたようだった。
不思議にも彼女の言葉には、人を安心させるような何かがある。
美玖と長く連れ添った悠美も、その何かに気づいていた。
念押しするように、にこっと笑って見せた。
頬や鼻がすっかり赤くなっていたが、茜はそれを受けてほぼ立ち直っていた。
 
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