世界一レトロで残虐な成り代わり 4
 
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これは5月7日の話である。
この村で「呪われた子」と呼ばれ恐れられた無藤静可は、そこにいた。
村唯一の豪邸の主人の娘に成り代わり、日課の日記を書いている。
日記用のノートは普通の大学ノート。何年も使っているのか随分ボロボロだ。
静可は豪華な椅子に背筋を伸ばして座り、元からここにあった筆を使って無言で日記を書いている。
その姿は優雅の一言に尽きる。
しかし、彼女から目を離せばそこは…血塗れの部屋と死体の山である。
執事、コック、メイド、さらにはこの豪邸の主と思われる人物は部屋の中心にまとめられ、一つの肉塊と化している。
どの死体も体が不自然に折りたたまれ、手足がそこらじゅうに転がる。

静可の周辺と死体の山には、明らかな温度差があった。
主人の娘の顔のおかげなのか、静可本人の何かがそう思わせるのか。
だが、その異様な緊張感は、不意に途切れる。
静可が立ち上がったのだ。気品ある振る舞いで筆を定位置に戻し、ノートを閉じる。
壁に刺さっていた凶器の鉈を引き抜く。20センチは刺さっていたが、いとも簡単に。
荷物は全て持ち、ここから立ち去ろうとした。門に差しかかったところで『ピリッ』という音が彼女の首元から聞こえる。
顔の皮が剥がれかけたようだ。すかさず静可は周りを確認し、皮を剥がした。
静可本人の顔は血が固まっていて見えない。
こちらからは見えないだけで、静可にはちゃんと周りが見えているらしく、目の前を横切る男子生徒に反応した。
彼は生前の立花だった。
静可は門の豪邸側に隠れたため立花は気づかずにすたすた歩いていった。
新しい標的を見つけ、静可はまさに名前の如く静かに彼の後を追った。
                 *
「転校生が来た時の勧誘は必須だよね〜」
「部員が増えるのはあんま期待してないけど…来てくれるに越したことはないわね」
「きっと今回も断られるに決まってます」
茜・悠美・美玖は各々転校生が来たというクラス、2年4組の前でそんな他愛もない話をしていた。
しかし、なかなか自分たちの順番が回ってこない。
転校生と会うだけでこれほど時間がかかるものなのか。確かにこの学校でもここまでの騒ぎになることは少ない。
だが今回の転校生は、VIP中のVIP。国内有数の大金持ち。外見も誰もが羨む優しげな佇まい、さらに性格も良いと評判の三拍子揃ったような令嬢なのだ。
かつての美玖も5年飛び級した天才少女としてずっともてはやされていたが、最早今回はその比ではなかった。
天然・気まぐれな美玖に対し今回の転校生は人の話を親身になって聞き、相手に合わせる、とにかく優しいなど全人類の理想の彼女と言っても過言ではないようなパーフェクト少女なのだ。
「並び始めてから30分は経ちました」
毎度のこと平然と言ってのける美玖。
「やっぱ部活勧誘がほとんどだろうねえ…にしてもこの数は異常だわ」
悠美は廊下で座り込む。
「そーいえば、授業ってどうなったの?まだ一時間目しか終わってないよ。もうとっくに先生怒鳴ってきてもいいはずなのに」
疲れた様子で茜は悠美に聞いた。
この学校では一時間目と二時間目の間の休み時間は10分。本来ならば既に二時間目が始まっている。
それにも関わらずこの混雑状態。茜が不思議に思うのも無理はない。
「そんなこと見れば分かるでしょ。満員電車の如きこの状況!教室に戻りたくっても戻れない人がこうして並んでる。あの子と会話した後は向こうの階段でクラスに戻りやすいだろうし」
「…でも、あの厳しい体育教師の先生が怒れば皆教室に帰るよね?誰もあの先生には怖くて逆らえないらしいし。悠美が言うように教室帰りたい人も結構いるならこっちにも人の流れが来てもおかしくないでしょ」
「それも簡単なことさ。列の最前列を見て御覧」
「悠美。人が多すぎて見えないよ」
「それなら私が持ち上げますね」
「!?」
茜は美玖に文字通り持ち上げられながらなんとか列の先頭を見ようとする。はたから見ればこの光景もおかしい(小5くらいの女の子が高校生を持ち上げている図)のだが、悠美は疲れて無気力、周りの人も前を見るだけで突っ込む者はいない。
「きゃ、これ…不安定すぎ、!」
「わたしの力では一分程度が限界です。お早目に」
そう言うわりには腕により力をいれ安定させる。少しは見やすくなった。
「……!、、あ、もう大丈夫。下ろして」
美玖は茜をゆっくり下ろしてやる。
「茜ちゃん、何が見えましたか?わたしは背が小さいので見えないのです」
高校生一人持ち上げたというのに、息切れ一つせずに茜に聞く。
「…先生達何人かを男子がフルボッコにしてた」
「どうやらそいつらは転校生の親衛隊らしいよ。転校前の下見にあの子にすれ違って一目ぼれした何人かが結成したとか」
悠美が持ち前の情報収集能力で解説した。
「ところで!前には何人並んでた?私もう疲れた…」
「…えーと…100人くらいかな?」
            
午後1時。茜達はいよいよ転校生と話せる時が来た。
茜達三人は順番が回ってきたことを知ると、疲労困憊であった身体を根性で叩き起こし、横並びに整列した。
転校生はうやうやしく挨拶をする。
「みなさんこんにちわ。この度この高校に転校してきた安楽城雛子(あらきひなこ)と申します」
「こんにちわ。貴方はとても人気があるようで。会話だけで一苦労です」
悪びれることもなく、皮肉とともに美玖は疲れている二人の代わりに答えた。
「貴方もこの村では何事にも万能で神童といわれていたとか。私の剣道で勝てるかしら」
安楽城は美玖の皮肉を事も無げにあしらう。家が有名なだけあってその手の対応は慣れているのだろうか。
「年齢制限があって剣道は一級しかとっていませんがそれでよろしいのなら」
「あの、私もいろいろ聞きたいんだけど…」
二人で盛り上がっていたものの、悠美のこの一言によって中断された。
「はい、何でもお聞きになってください。私の知ってる程度のことでいいのなら」
「んじゃ、早速。安楽城さんはどうしてここに?」
「どうしてここに転校してきたか、ですか?」
「はい。まー別に言いたくないのならそれはそれでいいんですけど」
「いえ…構いませんよ。もう外部の方にも知られているでしょうから。友人がここで行方不明になったのです」
「友人、というと」
「海辺に豪邸が建っているでしょう。村一番の。あそこの主人の娘さんです。よくパーティーで会っているので」
「悠美ちゃん…もしかして立花くんの前の?」
茜は悠美に耳打ちをする。
悠美も小声で茜に返す。
「だね。この村に住んでるのにここ以外の高校に通ってるって話題になってた」
「ご名答です。豪邸付近で彼女の顔の皮が発見されたとのことです」
間に安楽城が入り込む。安楽城にはまず聞こえないくらいの大きさで二人はやり取りしていたのだが、安楽城はよほど耳が良いのか聞こえていた。
「ご参考までに伝えておくと彼女の名前は春日井智美。私よりずっとおしとやかで、気品ある…令嬢らしい方です。でもそこまで知っている方は珍しいですね」
「悠美ちゃんは学校の情報屋と呼ばれているほどすごいんだよ!部活でも悠美ちゃんなしではスムーズに進まないもの」
自分の事のように茜は自慢する。褒められ慣れていないのか悠美は照れつつ謙遜している。
「そうそう、貴方達はどんな部活をやっていらっしゃるのかしら。悠美さんのその力が重要な所なのでしょうか」
よく聞いてくれたといわんばかりに悠美は慣れた口ぶりでオカルト部の説明を始めた。
「うちらの部はオカルト研究部。通称オカルト部だけどね、要は村での噂を調査する部活なの。調査依頼があれば速やかに行動!ってのがこの部の唯一にして最大のルールなのさ!」
最後には決めポーズで締めくくる。
「さすがです。悠美の説明の腕前はいつもキレがあって分かりやすいのです」
美玖が笑ってそう言った。
安楽城の表情は穏やかな微笑から悠美への憧れの眼差しと子供が欲しがっていた玩具を買ってもらった時のような笑顔と変わっていた。
「楽しそう…」
安楽城は感嘆の一言を漏らす。
「なんなら、今すぐ入部もOKだよ!ささっ、入部届はここに!必要事項をこのシャーペンで書いて茜部長に渡せば、君も今から栄誉あるオカルト部の部員だあっ!!」
すかさず悠美は手持ちの入部届とシャーペンを出して安楽城に渡す。
このとき
『悠美ちゃん将来はbPセールスマンも夢じゃないよ…』
と、茜は毎回思ってしまう。
だが、安楽城は残念そうに言う。
「申し訳ありません。このような部活には入るなとお父様に…入部したいのは山々なのですが」
悠美はその程度の障害では引き下がらなかった。
「…安楽城さん、ケータイ持ってる?」
「悠美ちゃん?何するつもりなの?もしかして」
「そのもしかしてさ!お父様とやらに交渉してみる」
「!!」
茜がビックリするのも無理はない。前述した通り『お父様』は口では言えないほど偉い人物。
まず会話することが可能なのかと、茜は心配する。
「一応お父様には伝えましたが、どうも乗り気ではないようで…、時間もそんなに取れないので手短にと」
「まっかせなさい!」
こうして悠美は『お父様』を相手に交渉を開始した。
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