世界一レトロで残虐な成り代わり 5
 
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5月7日、彼は何者かに追われていた。
彼とは立花優希である。学校の帰り道を歩いていた。
村一番の豪邸を過ぎたあたりから、気配を感じていた。
しかし、気配といっても曖昧で、相手は巧妙に姿を隠し、足音を優希のものと重なるようについてくるのだ。
優希が立ち止まると、それも止まる。
優希は心配し過ぎ…と思いつつも、気配は消えない。不安は募るばかりだ。

家はまだ遠い。大通りを通って行くことも考えたが、家にはどうしても暗い道を通らなければいけない。
優希は何故あんな孤立したところに自分の家は建っているのかと親を恨んだ。
楽しいことを考えて気を紛らわす。
今日はオカルト部のあいつら、何を調べるって言ってたっけ。
…『呪われた子』とかいってたような…
優希の足が止まった。

そういえば、今日成り代わってた人の死体が発見されたんじゃなかったか。
発見された日にはそいつには成り代われないから、その日にまた被害者がでるって…

その日って…今日じゃねえか。

優希はすかさず、持っていた通学鞄からバットを取り出した。心配性の親に持たされた護身用のバット。
見えない追跡者に身体を向ける。方向なら大体分かる。
手は震え、足は今にも膝をついてしまいそうだ。
でも、この状況では助けを求めることは出来ない。
自分で自分の身を守らなければ。
しかし、優希が向き合ったところで相手は出てこない。
「…出てこい!居るのは分かってるんだ!」
優希をやっとの思いで相手に言った。
これまでで、こんなにも怖い思いをしたことがあっただろうか。
まして自分の命がかかってるなんて…
暫く、両者は動かない。もっとも優希は動けなかったという方が正しいだろうか。
呼吸が荒い。だが優希は一秒たりとも油断しないように、むしろ一撃で相手によりダメージを与えられるようにバットを構える。
「やっぱり、練習…やっときゃよかった」
自分を落ち着かせるためか、小声で優希は言った。
その時。
人影が彼の前に現れた。
それは普通に歩いてくる。
人影は…異様な姿をしていた。
白いワンピースには赤い染みがいくつもあり、左手を後ろに回し、顔を右手で隠している。
丁度左目が覗くように。
その眼は悲しさ、虚しさ、そして殺気を宿らせ、じっと優希を…彼のみを見つめていた。
その少女は優希がバットを構えているにも関わらず、穏やかな声で話しかけた。
「さっき豪邸の方を見てたでしょう」
その声はまさしく春日井智美のものと瓜二つだった。
不安と怒りが、優希の中で渦巻き始める。
「この声の人とお友達なの?」
優希の動揺などお構いなしに話しかける。
「ひょっとしてロミオとジュリエットみたいな関係なのかしら」
その声で優希の感情を逆なでする。
「昨日分かったわ。あの子の親はお堅い人だって。あれじゃあ村長の孫と一令嬢の交際なんて許されないわ」
この状況を愉しんでいるかのように。
「…やめろ」
俯きながら優希がやっと口を開いた。
「?」
「それ以上あいつの声で喋るな!!!!」
その瞬間、彼のバットの一閃が静可を襲った。
本来なら…並みの身体能力ではまず避けきれない一撃のはず。
しかし、静可は笑みを崩さず恐るべきスピードで優希の背後に回り…
あろうことか、彼の首元に鉈を打ち込んだ。
「私が誰だか分かる?」
彼の後頭部を右手で鷲掴みにし優希の耳元にそっと囁く。
だがその問いに答えることは、彼には出来ない。
首の頸動脈・背骨・その他諸々を全て切断されていたから。
血がドクドクと外に流れ出る。二人の足元には真っ赤な池が出来上がっていた。
死んだのを確認すると静可の穏やかな笑みは悪魔の笑いに変わった。
「…クス、ハハハハハハハハ!!」
「さーて!今日はどこから弄ってやろうかしら!!」
独り言とも雄叫びともとれないこれを叫ぶのに上を向いた。
月の綺麗な夜だった。
          *
さて、交渉の結果安楽城雛子はどの部活に入ったのかを説明しておこう。
結論から言うと彼女はオカルト部部員兼書記となった。
書記というのはオカルト部内での仕事の一つである。決して生徒会の方の書記ではない。
ちなみに言っておくと安楽城は無理やりこの部に入ったわけではなく、むしろこのようなマイナーな部活に入ることを楽しみにしていた。
しかし彼女の父親…お父様が世間の目を気にして、それをずっと許してくれなかった。
そんな『お父様』を巧みな話術で説得したのが悠美だ。
「この部は情報収集能力がグングン上がる部活なんです。きっとあなたの娘さんに最適な所ですよ!」
「表面的にはオカルト部なんて言われてますが実はこの村唯一の災害対策部なんです。他の部のキャプテンが集まるのはここだけ。言わば他の部のリーダー格」
……というあることないことを留まることなく喋り倒し、他の部活にひっぱりだこの安楽城を迎え入れることに成功したのだ。
「これって話術というより『相手が反論できなくなったところを押し込む』みたいな…後半『お父様』黙りっぱなしだったよね」
「ここまでハッタリが上手だとは思わなかったです」
茜と美玖は説得中こんなことを話していたのは悠美には内緒だ。

「あの安楽城さん。ちょっと聞いていいかな」
「なんでしょう。遠慮なく聞いてください」
入部届を書いている安楽城に茜は尋ねた。
「どうしてこんな部活に入ろうと思ったの?」
安楽城の手が止まる。
その様子を見て茜は詫びる。
「あ、ごめん。変な事聞いちゃったかな」
「いえ、それくらいはお答えします。『呪われた子』ってご存知でしょう?」
「!!……うん、知ってる。関係あるの?」
「はい。さっきも言いましたが春日井さんが、その人に…」
またまた茜は謝る。
「ごめんなさい。やっぱり、聞かない方が」
「立花くんのことも聞きました」
「っ!!」
茜の元気が無くなってきた。
どこからか茜の様子を察して美玖がやってきた。
「茜ちゃんは今デリケートな時期なのです。そういう話題は控えてください。どうしても話したいのなら私が聞きます」
そう言って安楽城を制する。
「分かりました。茜さん、辛くなったらいつでも言ってください」

「春日井さんの死の真相を自分の力で知りたかった…かっこよく言えばそんな感じです」
「いつまでもお父様の力を借りたままでいたくない。色々な事を私一人でやってみたい」
「春日井さんは私の一番の親友。せめて死体を見つけるぐらいはしたいんです。…そしてできれば春日井さんを死に追いやった犯人を捕まえたい」
机の上に置いた右手を握りしめ、言った。彼女の決意は本物だと二人は感じた。
茜と美玖はお互い向き合って頷く。
「是非とも協力させて!私たちに出来ることなら何でもするよ。私も心残りがあるし…」
「皆さん、ありがとうございます。でも犯人を見つけるなんて私に出来るかは分かりませんけど、出来る限りの事はします」
「お二方、ここに手を」
美玖が促す。そして美玖の手の上に茜、茜の手の上に安楽城の手が重なる。
悠美を除くオカルト部員が一つになった瞬間だった。

同時刻。とあるクラスの男子数名が集まっていた。
「おい、お前もモテる奴だったんだな。羨ましい」
「結婚式には和式か、それともまさかのウェディング?」
「ちょ、何でそこまで行くんだ。第一…」
「いいじゃねえか。告白されること自体この村ではビッグイベントなんだから」
こんな会話をしつつ、誰かを待っている。
やがて、ドアの開く音がした。
「来たぞ、ほら早くいけ!」
「ちゃんとOKしろよー」
「分かってるよ」

他の何人かは物陰に隠れ、二人の様子を覗いているつもりらしい。
彼を呼び出した女子が姿を現した。
「あ、あいつって」
「高峯、悠美だっけ。確かオカルト部の…」
「あの性格でも恋はするんだな」
「高峯のあんな可愛い顔見たことないんだが」
悠美は目の前の男子生徒とは顔を合わせようとしない。顔を赤らめ、両手を後ろに回したまま。
「手に持ってるのはラブレターだな」
「意外と初心な所あるんだ」

「えっと、何の用事?」
沈黙に耐え切れず男子生徒は口を開く。
以前俯いたまま答える。
「…あの、別に用事ってほどでもないんだけど。これ」
そう言って手を前にもってくる。

「来たぞ!」
「結構気まずいもんだな」
「その場では読むなよ!」
物陰の彼らは(あくまでも二人にばれないように)大騒ぎ。
しかし悠美は期待を裏切った。

取り出したそれは、大縄飛びに使うような縄だった。
「……え?」
再び場は沈黙となった。
「貴方は私の好みだから…お願いします」

「綺麗な死に様を見せてくださいね」
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