世界一レトロで残虐な成り代わり 6
 
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「…クスクス」
何も見えないそこで、誰かが笑っていた。
「私が、あなたの為なら」
何処とも知れないそこで、女は呟いていた。
「あなたは、私の為なら」
深い闇の中で、彼女は、
紐のようなものを持って、

……ただひっそりと隠れていた。

「何でもやるのよ」

にやりと笑いながら、小さい穴から、光る何かを見つめていた。

[プルルルルル…]
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「!」

           *
5月11日。屋上で男子4人の死体が発見された。
人間とは思えないような怪力で身体のあちこちをギリギリまで縛られた状態で。
あまりに無理な力が働いたせいか、内臓の類が飛び散っていた。中には眼球が抉り取られた死体もあった。
死亡推定時刻はどの死体も昨日の夕方。
そして美玖たちのクラスから大縄跳びに使う縄が無くなっていた。
まぎれもなく、それは凶器だった。

無論詳しい話を生徒はしらない。ただ彼らが死んだという事実のみ知らされた。
暗い空気のまま終了した朝の会の後、駆け足で安楽城が(ファンらしき生徒を引き連れて)やってきた。
「茜さん、大丈夫ですか?」
この事実を知った後しばらく俯いていたものの、安楽城がやって来たのを知ると顔をあげ元気に答えた。
「あ、うん!大丈夫だよ!これくらいでショック受けてたらオカルト部部長が務まらないもの」
しかしそれは誰からみても空元気にしか見えなかった。
「茜ちゃん、安楽城さん、おはようございます」
二人の間に美玖が入ってきた。
すぐさま茜の様子を察する。
「茜ちゃん…無理しないで下さい。辛くなったらすぐ…」
そう言って、茜の手に自分の手をのせる。
その手の上に、茜のもう片方の手が乗せられた。
「そんなこと、出来ないよ」
いつになく真剣な面持ちで二人に話す。
「これ以上、人が死んでいくのは見たくないの。……美玖ちゃん。私の我が儘聞いて欲しいの。安楽城さんにも」
「「…」」

「犯人を捕まえよう」

この一言で二人はしばらく黙っていたが、やがて答えた。
「智美さんの仇と言っては何ですが、出来る限りお手伝い致します」
「私は最初からそのつもりでしたよ」
「…ありがとう」
三人が意気投合した瞬間、彼女たちの後ろから声が聞こえた。
「あー遅れてごめん!近所のおばさんと話してたらこんな時間になっちゃったわ」
通学鞄を持った悠美だった。
いつものように三人に元気にわらってみせたが、その時鳴った「ピリッ」という小さな音を美玖は聞き逃さなかった。
「あれ、何か邪魔しちゃった?」
「いや、何でもありません。それより」
「この後私たち4人で行きたいところがあるのです」

あれから、四人は揃って早退し、美玖の言う『行きたい所』に向かった。
電車を何度も乗り継いで行ったそこは古びたアパート。
「これは、随分と歴史のありそうな…」
「単に古いだけなのですよ」
安楽城の苦しすぎる褒め言葉を美玖が台無しにしつつ、目的の部屋へ。
とあるドアの前で美玖が足を止める。
『304号室』と書かれた錆び付いたドア。
「…えーと、ここに居る人に用があるの?」
「はい。犯人と深ーい関わりがある人物です」
美玖はちらりと悠美を見ながら茜の問いに答えた。
「さて。」
これまた古びた呼び鈴を押した。ピンポーンという音が響く。
何秒かしてドアの鍵の辺りからガチャ、と音がしてからドアが開いた。
「…はい」
白い着物のようなものを着た男が出た。
それなりに整った顔だが、無気力な表情だ。
チェーンがかかっているため、一定の角度にしか開かない。しかしさっきまで後ろにいた悠美がすかさず足を入れて閉められないようにした。
「ちょ、何のつもりですか。これは…、あれ」
悠美の顔を見ながら彼は聞いた。
「何処かで会いました?」
普通なら「知らん!」と即答するものと茜は思ったが、悠美は予想外の反応を示した。
「…っ、いえ、知りません…」
怪訝な表情で答えた。
「ですよ、ね…。なら初対面でしょう。一体僕になんの用が」
悠美は彼の問いに対し、いつもの強気な物言いで答える。
「それは私にもわかんないけどさ。ちょいと聞きたいことが幾つかあるみたいでさ…ね、美玖!」
「悪いようにはしませんから、私たちに協力して下さい」
普段の微笑で彼に言った。妙に威圧感がある。
観念して、男はチェーンを外しながら言う。
「…分かりました。入って下さい」

「お邪魔しまーす…」
「うわっ!何これ、練炭!?」
「あっちには輪っかが吊るしてありますね」
「申し訳ありませんが、ここは苦手です…手短に済ませましょう…」
「僕もそうして頂けるとありがたいのですが」
皆口々にそんなことを言いながら奥の一番広い部屋に歩いていく。
広いといっても2畳ぐらいなのだが、5人がギリギリ座れるくらいの広さだ。
白い錠剤が散らばった小さいちゃぶ台を中心にして腰かける。
中の異様な光景のせいで、気まずい空気になった。
意を決して茜は聞いてみた。
「これって、何ですか?」
「睡眠薬です」
「…はあ…、そうですか」
「それはともかく、用件はなんでしょう」
この形容しがたい空気を押しのけて、男は本題に入ろうとした。
しかしそれを悠美が遮る。
「あ、ごめん、待って!ずっと我慢してたんだけど、…トイレをお借りしたい、なと…」
「こちらから見て廊下にあるドアの2番目です」
「どうも…あ、話進めといていいよ!」
こう言い残して彼女はトイレに駆けていった。
美玖は懐から時計を出し、時間を確認した。
茜が小声で美玖に聞く。
「…美玖ちゃん、どうしよう?進めていいとは言ってたけど」
「大丈夫です。むしろ好都合なので」
平然と答える美玖。続けて安楽城が問うた。
「ずっと不思議に思っていたのですけれど、この方は誰なのですか?」
「それも簡単な事です。あの静可ちゃんの兄妹さんです
「!?」
あらかじめ下調べをしておいたのか、安楽城は驚く。
だが『静可』という名前を知らない茜は、ちゃぶ台の上の錠剤をまとめていた男に尋ねた。
「あの…静可さんって誰なんですか?」
顔を上げぬまま男は答えた。
「テレビでも有名でしょう。顔を剥いで成り代わる連続殺人犯ですよ」
「茜ちゃんは知らないと思ってました。…この関連の番組は彼女は見れないのですよ」
後半は茜には聞こえないように美玖が話す。
どこかで窓が開いた。

きゅ、きゅ、と錠剤が入った瓶の蓋が閉まる音がする。
「…美玖ちゃん」
ふと、茜は美玖に話しかけた。
「悠美、なかなか帰ってこないね」
その言葉を聞いて美玖は無言のまま、再び懐から時計を取り出した。
悠美がトイレに入った時から10分以上経っていた。
「そろそろ、頃合いですね」
彼女特有の無気力な独り言。その場の三人には妙に不気味に感じられた。
しかしそれはこの一言だけで、次にはまったくいつも通りの声で茜に言った。
「茜ちゃん」
「、、何?」
「悠美ちゃんの様子を見てきて下さい」
「?…うん、分かった」
茜は立ち上がり、狭い隙間を通り抜けてギシギシと音を立てて廊下を歩いていった。
それを見届けた美玖に、安楽城が聞いた。
「何故自分で行かなかったのですか?」
「ここからはちょっと過激なお話になりそうですから、退場して貰ったまでです。ここでの事は誰にも話さないで下さい」
そう言いながら、今度はスカートのポケットと上着の中から何かを取り出した。
それは鉄製の杭と金槌だった。
美玖は立ち上がり男の元に仁王立ちし、こう続けた。
「さて、ここからが本題です」
氷の微笑のまま、いつもより遥かに低いトーンで。

「私は条件さえ整えば、これを使って『静可ちゃん』を殺そうと思ってます」
「でも、そんなことをすれば自分もろとも少年院行き。第一それでは皆が望む解決にはなりません」
「『解決』させるには、貴方の協力も必須です」
「そこらの何の関係もない人間を巻き込むわけにはいきませんから。…貴方の存在を知った時は嬉しかったですよ。こんな適任者がいたとは」
「私みたいな娘っこの言う事は誰も聞きませんからね。不都合も多いですし」
「…僕に何をしろと?」
「私の親は皆死んじゃいましたからね。保護者というものがいないんです。ですから」

「しばらく私の家で生活して貰います」

「…」
「この要求を受け入れないのなら、貴方の妹さんはさながら吸血鬼のように死にます。これでは第二の悲劇を生むだけですから」
「……」
「いっそここで貴方も殺してしまいましょうか。たとえ少年院に入っても脱獄ぐらい造作もありませんし。兄妹仲良く地獄行きですか」
「…嫌ですね、それは」
「それじゃ、引き受けてくれると」
「死ぬなら自分でしにますから」

常軌を逸した二人の会話に、安楽城は息をのむほかなかった。
「よかったです、貴方が間違った判断をしないでくれて」
「一応聞きますが、食事も付いてくるんですね?」
男はひときわ疲れた様子だった。それにも関わらず、さっきの状況には似合わない事を聞く。
「勿論です。こうみえても料理は得意分野ですから」
「ずっとコンビニ弁当でしたから、これに限って言えばありがたいですね…」
そんな会話を聞きつつ美玖が普通になったと判断した安楽城は、場を修正する。
「それはそうと、茜さんも遅くないですか?」
「みんなで見に行きましょう」
美玖を先頭にして三人はトイレに駆けつけた。
「茜さん!」
「あ、うああ…、!ううっ、、。悠美が、悠美がぁああっ!!」
そこには、茜が一人だけ。
いや、正確には悠美の…顔の皮が下に落ちていた。
茜はここの隅に体育座りの姿勢で座り込んでいる。
安楽城はさっきまでの穏やかな様子からは想像出来ないほど、露骨に怒りを表す。
「美玖さん、もう用事は終わったんでしょう!?早く帰りましょう!!」
「分かってます。準備が出来次第帰るつもりです。…ほら、早く」
安楽城に返答すると共に後ろにいた男に言った。
「え」
「その恰好では外に出れませんから。それよりマシな服に着替えて下さい」
言い方は敬語だが、こんなに声が低いと命令にしか聞こえない。
「…ですね」
「三十秒以内に」
奥の部屋に向かう男を背に止めの一言。
「無理です!」
今度は安楽城が美玖に問う。
「…何故驚かないのです」
「予測できた事ですから。これまでの出来事…は大袈裟ですが、事柄を総合すればね。あと、それは私が預かります」
常人なら触る事さえ難しいそれを、彼女はさも簡単に拾い上げる。
「さ、帰りましょうか」

「次は誰が犠牲になることやら」

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