世界一レトロで残虐な成り代わり 7
 
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『…また捕らえたの?』
「ええ。とっても生きの良い女の子よ。…良いわよね?」
『勿論。でもその代わり…』
「分かってるわ。ちゃんと保存しておくから」
『あと、ついでにお願いしておきたいの』
「何?」
『あの番組の、誰か一人。貴方のやり方でいいから殺して。聞きたくないの…』
「分かった」
 
「相手は誰だったの?」
「くすくす、貴方には関係ないでしょ」
別に教えてくれたっていいのに…あれ、今日って何日だったっけ?」
「死ぬのが怖くないの?」
「怖いよ。今だって逃げ出したいくらい。でもここで誰かが助けてくれるとか、そこまで現実は甘くないから。ほら、早く日付教えてよ」
「今日は…五月九日よ。でも何で日付なのかしら」
「自分が死ぬ日ぐらい心に留めておこうと思ってさ」
 
                 *
「こんな事したら捕まりません?」
「ばれなければいいんですよ。それに念の為話も通してあります」
「それなら堂々と入口から入っていけば…」
「こっちの方が時間的には早く済みます」
そんな会話をしつつ、 とあるテレビ局の中を走る二人がいた。
一人はセーラー服の、人の顔の皮を持ち、左手首を右手で隠した少女、もう一人は緑の長袖のシャツと黒いズボンを着た、黒髪の男だ。
何ともミスマッチなこの二人組は、人に会わないように、曲がり角で立ち止まりながら、ひたすら廊下を進む。
その様子はさながら泥棒のそれだ。
 
この調子でテレビ局内を駆けぬけること20分。九日に放送事故があった現場に辿り着いた。
丁度真ん中辺り、解説の人の首が飛んだ所で、大人数人が集まっていた。
「現場検証か何かですかね」
「どのみちこれはチャンスです。今の内に向こうに回り込みましょう。私の読みではあそこに…」
そう言って少女・美玖は男の手を引き、抜き足差し足忍び足で美玖が言う場所へ向かう。その時左手首が見えたが、包帯が巻かれていた。
「凶器が隠してあるはず」
 そこは機材が無造作に置かれていた。埃が積もっている事から、ずっとそのままだったと思われる。
 「じゃ、そこ見張ってて下さい!」
着いた途端美玖はそう言い残して機材の山に飛び込んだ。
思ったより派手な音はでなかったが… 
 「ちょっと、そんなことしてばれたら…」
「そこの」
「!」
さっきの大人の一人が、男の襟元を掴まれた。
「何をしてんのか、聞きたいんだが」
「…だから言ったでしょうに…」
後ろの出来事なんてお構いなしに、美玖は未だにうつ伏せとなって『凶器』を探している。
彼は苦笑するほかなかった。
 
「許可取ってるなら最初からこうすればいいでしょう。手間掛けさせないで下さいよ…ただでさえあんなことがあって色々と大変なのに。ほら、確認の為にここに署名を」
番組の関係者と思われる一人が、溜息混じりに書類一枚とボールペンを男に渡す。
美玖がさも申し訳ないような態度で詫びる。
「すみません、この人がこうした方が早いと。私何度も止めさせようとしたんですけど…」
「あなたがそう言ったくせに…」
彼は愚痴りながら書類にサインする。その瞬間、音速を超える速さで首にチョップを食らう。
 無論、やったのは美玖である。
男が目の前の床に崩れ落ちると同時に、ひらりと舞う書類を美玖が拾い上げる。
「…へー」
名前の欄には『無藤 静木』と書いてあった。
「あなた、名前静木さんっていうんですね。初めて知りました」
なるほど、という顔で言った。
「住所まで調べておいて…」
床で悶絶する男…もとい静木は答えた。
美玖は書類を返すことなく、ボールペンを静木の手から取り、必要事項を一通り書いて関係者に渡す。
「どうぞ。もう書けたみたいですので。…あと、さっきの機材置場、行ってもいいですか」
「……いいけど…お嬢ちゃん、本当に一人で大丈夫かい?保護者の方は…」
「平気です。場所はある程度聞いておいてあるので」
美玖はにこやかに答え、再び機材置場に走っていった。
 
その後数分も経たず、美玖は『凶器』を持って涙目でうずくまる静木の元に帰ってきた。
右手で左手首を隠し、その左手に持っていた物…それは束ねたワイヤーだった。
よく見ると所々に血がついている。
「皆さん、お父さんは体調不良の為、私が代わりに説明致しますと…これが放送事故を引き起こした凶器なのです!」
『…お父さん!?』
「そ、それで野村さんの首を…?」
「その通り。言うならばこれは飛び道具として使ったわけです。一方を固定して…もう一方を何かしらの機械にでも巻き込めば」
説明イラスト 
 
「Aをワイヤーを巻き込んだ機械、Bをワイヤーを固定した所、Cを被害者としましょう。時間を見計らってやれば、あとはほぼ全自動です。もっとも、これはかなり成功率は低い方法ですが…今回は運悪く成功してしまったわけですね。高さ的にも丁度いい環境ですから」
ミステリードラマを彷彿とさせる流れるような説明を見せつけ、場を静寂に包みこむ美玖。
一瞬、冷ややかな微笑をしたように見えたが、それを確認した者はいない。
動揺から復活し大人たちがざわめきたつと、彼女は子供のような無邪気な表情に戻り、未だにうずくまっていた静木の元に駆け寄る。
「それでは…トリックも解けた事ですし、私たちは御暇しましょうか。きっと数日中に犯人も捕まると、お父さんもおっしゃってます。…そろそろ行きましょうか」
大人たちに聞こえるように言い、彼の手を引いて立たせる。
「…痛い……」
「そんなに本気でやったわけではないんですが…大丈夫です、どうせ痕が付くだけでしょうから」
「…突っ込みどころが沢山あるんですが…」
「何です?」
「勝手にお父さんとか、もうすぐ犯人が捕まるとか…」
「前者の方に関しては、貴方の為でもあるんですよ。そうでも言っておかないと面倒な事になりますから…誘拐を疑われたら嫌でしょう?」
「誘拐って…」
「後者は…ほら、さっきの…トイレからいなくなったでしょう。悠美に成り代わっていたのなら、私たちの自宅の場所も知られた可能性がありますから、数日中に始末しに来るだろうと」
「…それって、殺しに来るって事ですか」
「そうなっちゃいます」
右手をポケットに入れてまさぐりながら、あっけらかんと話す美玖。
(多分背中へのチョップの後遺症で)猫背で美玖の隣を歩いていた静木の顔色が悪くなった。
興味無さ気に美玖は彼に問う。
「何か問題でも?」
「大有りですよ!死ぬ時は必ず自殺と決めてるんです。それを邪魔されるのは…とにかく」
彼の主張を美玖が遮った。
「あー、多分大丈夫ですよ」
「一体どこが…」
「どちらにしても貴方は暫く死ねないと」
「…え?」
「やっとの思いで出来た手駒ですから。たとえ貴方が望んでも死なせません。…勿論自殺なんて絶対させません」
いやに不気味な笑顔だった。
ずっと自殺を目標として生きてきた彼には、とんでもない苦痛であろう。
逃れられないそれ を前に、静木は卒倒しそうになる。
そんな彼を気にも留めず、何処かを見つめて美玖は小さく呟いた。
「…いつか、彼とも会いそうですね…」
彼女の視線の先には、一人の少年がいた。
その少年は高校生くらいで、家族らしき女性と女の子と賑やかな公園のベンチで楽しそうに談笑している。
少年の足元には学生証のような物が落ちていた。
三人はそれに気づかず、少年の時計を確かめ、そのまま公園の奥へ歩いていった。
美玖はただただ、それを無言で見つめていた。少し悲しさを感じさせる表情で。
あの三人が行ったのを確認し、何やらぶつぶつ言っていた静木の手を無理矢理引っ張って、三人が座っていたベンチに走る。
そして学生証を拾い上げ、中をぺらぺらとめくって一通り覗いた後、三人が向かったと思われる方角に(静木の腰にまたチョップを入れてから)さっきよりスピードを上げて走っていく。
 
三人にはすぐ追いついた。
「あの…」
12歳にしては遥かに速いスピードだったが、息切れ一つせずに三人の内真ん中にいた母親と思われる女性に話しかけた。
「はい?」
彼女は愛想良く答える。
女性は半袖で、首から肩にかけて巻いてある包帯がやけに目立つ。
「彼が落としたと思うんですが…これ」
「あら…!これ、あんたのじゃない。ほら、ちゃんと頭下げなさい!」
「てゆーか、おにーちゃんどうして学生証なんて持ってるの?学校帰りでもないのに」
母親と女の子の集中砲火。少年は顔を赤らめながら渋々頭を下げ、学生証を受け取る。
「…どうも」
「いえいえ、次はお気をつけて」
そんなやり取りの後、三人と別れた。
 
「また、会うような気がするんですよね…私と関わる人間は大抵悪い事に巻き込まれますから、少し心配になってきました」
先程の明るい口調はどこへやら、無感動な話し方に戻った。
「ここにいますよ、ここに、巻き込まれてる人間が…」
荒い呼吸をしながら、静木は抗議するように言う。
「…貴方に限って言えば感謝してほしいくらいですね。好き好んでやっているわけでもないのに、これから24時間ボディーガードしてやるんですから」
「別にこっちから頼んだ覚えも、ありませんが…」
「いや、そんなことはどうでもいいのです。頼まれて欲しい事が出来ました。貴方どうやらハッキングが上手らしいですね」
「…何をしろと?」
「彼らの住所を割り出してほしいのです。後でネットカフェに行きますから、そこでお願いします」
「…」
無理矢理走らされた挙句、この仕打ち。逆らったらどうなるかくらいは彼にも分かる。
近くの木に寄り掛かり、静木は深いため息を吐いた。
 
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