世界一レトロで残虐な成り代わり 8
 
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プルルルルルル…
「あっ、繋がった!ねえねえ、さっき兄さんに…」
『兄さんって、え…ひょっとしてあいつら、あの人に接触したの!?』
「……ごめん、私には止められなかった
『どうしてよ!?鉈は持ってたんでしょ!!?』
「だって…だってぇ……兄さんにまた…」
『…お兄さんが大丈夫なら、良いのよね?他は』
「他って…?」
『良いのよね?』
「!?…う、うん…」
『じゃ、いつも通り後片付けは私がやるから。あの娘を呼び出して、殺しなさい』
『勿論、全て有効活用。止めを刺した後は一旦一目のつかない所に放置して、あの公衆電話から私を呼んで』
「…わかった。でも…私最近…おかしいの。自分が怖い。人が死にゆく様を見て、何故か嬉しいの」
『嬉しいものは嬉しい。それでいいじゃない。私もとっても楽しいもの…』
「そう、なのかな」
『じゃあね』
プツン…。
 
「あいつ…畜生の分際で私の静可に…!」
「ザクザクにして、ボロボロにして、目も当てられないような無残な死体にして、その滑稽な姿を村人に見せびらかしてやる…」
「…ふふ、ははは…静可の邪魔をした罪は大きいわよ…、あんただけの命では、とても償えない。どうせなら、あんたが護ろうとしてる人間全員、生きたまま拷問にかけてやるわ…あははははははははははははは!!!」
 
                *
美玖はいつものように、ソファに腰かけてポテトチップスを口に含みながら、呟いた。
「きっと…相手方は私の事を恨んでいるのでしょうね」
「はい?」
最後の一枚を無駄に高く放り投げ、口でキャッチしながら返答した。
「独り言です。あと、その瓶は没収します」
「…後ろ向きでなんで分かったんですか」
「開ける時にそれっぽい音が聞こえましたから」
彼女の言うとおり、奥の部屋の机の上には錠剤が何粒が置かれていた。
「別に、僕が何をしようと勝手で」
抗議の言葉を言いかけたその時、彼の頭の上を何かが横切った。
リモコンが机の端を破壊していた。
「これは任意ではなく強制ですから」
言いながらソファからゆらりと立ち上がり、錠剤と瓶を回収しに行く美玖。
その動きを、ある電子音が止めた。
 
『RRRRRR…』
 
「来ましたね」
さながらゾンビのように進行方向を替え、電話を取りに行った。
今の内にと静木は錠剤を瓶の中にしまい、瓶を自分の荷物に隠した。
美玖はそれに気付いてはいないようで、ついでに籠から新しいポテチの袋を取り出し、電話に出た。
 
「はい、どちら様でしょう」
やはりいつもの愛想の良い声に戻っている。
『美玖さん?良かった、あの人が出たらどうしようかと』
それは、本物と間違えるほど、悠美の声によく似たものだった。
「予想通り。私を始末しに掛けてきたのですね」
『…珍しい方。死ぬと分かっているのにこんなに冷静でいられるのね』
「いつかは来ると思ってましたし」
『じゃあ、話が早いわ。 村に大きな裏山があるでしょう。あそこに来て欲しい…の』
「…『あの人』はどうするの?」
『「あの人」…ね」
 
『殺せるわけ、ないじゃない』
「…」
美玖は無言のまま、微かに…笑った。
「分かりました。こちらはいつでも行けますが」
『ええ、こっちもいつでも良いわ。分かってるだろうけど一人で来てね』
 
静可のその言葉を最後に、電話は切れた。
「さて…」
スカートのポケットの中に入っていた悠美の顔の皮を出してテレビの前の机に置き、代わりに左手首の包帯を取り、ポケットにねじ込む。
そして再び静木の元に歩み寄り、この一言を残して裏山に出かけた。
「では、一度死んできます。お面でも用意しておいて下さい」
 
 
「…はー、はー、…ああ……」
同時刻。静可は木の陰に隠れて、標的が来るのを待っていた。
しかし、何故か息が荒い。
「うう、はー、はー……かっ…で、でも」
「い、いや、違う、…あ、えっと。…違わない、のかな…」
自分の中と葛藤しているようで、頭を掻き毟り、涙をぽろぽろ零し、やっとの思いで立っているように見える。
「…ごめんなさい、…はー。あれ、え、もう…、はー、いや…もう、……だれか、す、すみません」
「駄目、駄目だよ…。えと、こーゆーとき、に…気を落ち、つかせなきゃ…」
静可はおもむろに鉈を取り出し、握りしめては力を抜き、を繰り返す。
 
何分か経った頃、彼女の前に人影が通った。
それはまぎれもなく、美玖だった。
ポテチを歩きながら食べ、ふらふらと人気のないそこを歩いていた。
『…行かなきゃ、行かなきゃ行かなきゃ行かなきゃ!!!』
「うわあああああっ!!!!」
「!?」
鉈を振りかざし、背後からの一閃。
その一撃は自棄になりつつも的確に首を狙った…まさに会心の一撃であった。
普通なら簡単に首を落とす筈のそれを受けた美玖は、まだ生きていた。
第一に、首が落ちなかった。
「…はー、はー、…あれ…?」
美玖は首に鉈が刺さったまま、静可の上がった左腕にもたれて、やがて地面に崩れ落ちた。
「どーしてぇ…なんで?」
美玖は目を閉ざしたまま、動かない。
「…そうだ、運ばなきゃ」
静可は美玖の制服の襟を掴み、ずるずると森の奥に引きずって行った。
 
 
その頃。静木はどうしていたか。
『RRRRR…』
『RRRRRR…』
 
「あーもう!!」
 
絶叫していた。
 
「あの、あんまりしつこく鳴らさないで下さい!落ち着いて死ねないでしょう!!」
『す、すみません!…って、あれ?』
「…何処かで聞いた声ですね」
『うーん…さっきお会いしましたね…』
『…』
「……」
『…私、御嵩茜と申します』
「そうですか。僕の事はどう呼んでくれても構いません」
『…えーと、…じゃ、じゃあ、撫子さん!で…いいですか…?』
「……まあ、良いですけど…」
『「…」』
『あの…本題に入っても良いですか?』
「どうぞ」
『美玖ちゃんって何処かに出かけてます?』
「…さっき、電話取ったらすぐ行っちゃいましたけど」
『何処にですか?』
「いや、そこまでは」
『…はあ…』
「…」
『あの』
「まだ何か?」
『何か思いつめてる事とかあるんですか?』
「…特には、ありませんが」
『そうですか、…色々と、ごめんなさい。失礼します!』
 
プツン。
 
同時刻、御嵩宅。
「撫子さん?森田さんの家には誰か女性の方が同居していらっしゃるのですか?」
「え、あ…いえいえ〜!決してそんなことはないんですけど…」
茜の家には警察が来ていた。
昼に『裏口からテレビ局に入り、放送事故のあったスタジオで好き勝手に謎解きをして去って行った二人組』が来たことで、その二人に詳しく話を聞くために来たのだ。
「家の場所も教えないで来させるなんて、上もどうかしてますよ。こうして地道に聞き込みするしかないじゃないですか」
「そう言うな。最初に入ったここでいきなりあの二人組の顔見知りに会えたのは運がいい方だ」
「しっかし、女の子の方は身元が分かったが…もう一人は苦労するかもしれんな。どこの誰かもまだ分からん」
彼ら二人はそんな話をしている。
一方、茜は彼らの目的が大体予想出来ていた為、なるべく『話したら色々と面倒な事になりそうな事』は話さないようにしていた。
『さっきのだって、あの人と美玖ちゃんが何で一緒にいるのか聞かれたら、どうなるか分かんないもん…、私も知らないし。それにしても、あの二人はどうしてテレビ局なんかに…?』
 
『なんか、今日って色んな事があるなあ…』
 
『悠美…私、どうしよう。ちゃんとやっていけるかな…』
 
『そういえば、…悠美。いつからいつまで「悠美」だったの?』
 
『…そうだ』
 
あれが、ひょっとしたら…役に立つかな』
 
『どんな形でも、美玖ちゃんも、安楽城さんもきっと頑張ってる…』
 
『自分だけが頑張らないでどうするの?』
 
『……行かなきゃ』
 
「ねえ、お母さん!」
茜は二階へ駆け上がった。
「お母さん!」
「そんな何回も呼ばなくても分かるわよ。どうしたの?」
「私ね、行かなきゃいけない所があるの。すぐ戻るから」
それを伝えると、茜は階段を下り、適当な上着を羽織って玄関に向かった。
水色のスニーカーを履いて、外へ出た。
 
 
同時刻、安楽城宅。
彼女はパソコンの前で黒服の報告を受けていた。
「死体が無かった?」
「はい。上野里見が最初の被害者と言われているようですが、彼女本人の死体は出ていないそうです」
「それにも関わらず、あの放送事故が起こった番組では、さもあるかのように言っていたけれど」
「どうやら、別の少女の死体が彼女の死体とされていたようです。遺族も死体を見せてはくれなかったと」
「分かりました。下がりなさい」
「失礼致します」
報告を聞き終わった後、少し溜息を吐いて、パソコンの画面に目線を戻す。
「お父様も心配性ね。一人でやるってあれほど言ったのに…」
 手がキーボードの上で跳ねる。時々マウスに手が伸びるものの、どちらにしろその動きは淀みない。
しかし、その作業もまたすぐ中断される。
ドアからノック音が聞こえる。
安楽城が「どうぞ」と言うと、シックなデザインのドアをさっきとは別の黒服が開ける。
「お嬢様、お電話です」
「ありがとう」
黒服が差し出した受話器を受け取り、電話に出た。
 
『あっ、安楽城さん!?』
 
 
「茜さん。こんな遅くにどうしたのです?」
『今すぐね、美玖ちゃんの家に行って欲しいの!』
「何かあったんですか?勿論行きますが…」
『私は…あの、廃屋にね、もしかしたらと思って!』
「…何がもしかしたらなのか…」
『ごめん、あとでゆっくり説明するから。お願いします!!』
ガチャッ。
 
『ツー、ツー…』
「…よほど慌てていらっしゃったのね」
 
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