世界一レトロで残虐な成り代わり 9
 
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「ごめんなさい、ごめんなさい」
びり…
「ごめんなさい、ごめんなさい、…」
べりり…びり、
「うう…」
「!?さとちゃん?!」
「静可、ちゃん…」
「か、顔…剥された、くらいじゃあ…死なないよ、、」
「え、ええぇ…?」
「でも…私が、いたら…それは使えない、でしょ…」
「あ…う、うん…」
「だから…ほら…あの、大人しい子。あの子を代わりに…」
「そんなこと、できないよ…!」
「やらないと…静可ちゃんは、一生一人ぼっち」
「それは、、嫌…」
「ほら、あの廃屋に、鉈があるから。それを使って、」
「………!」
 
「お願いです、助けて下さい!」
「…何?」
「静可が…妹がいなくなったんです!」
「私には関係ない」
「そんな…」
「まだ…時は訪れていない」
「え…ま、待って下さい」
「いつか、君とは会うかもしれない」
「…どういう事ですか?」
「それは今じゃあないんだよ。もう少し成長してから…もう一度会おう」
「じゃあね」
「……う…どうして…皆…!」
「ほら、泣くんじゃない。男だろ?もう手遅れなんだ。時を巻き戻す事は私には出来ない」
「それに、もしこの村八分に耐えられなくなったら。何処へでもいいから逃げなさい。きっと誰かが助けてくれる」
「誰も…助けてくれなくって、それでも…、静可を…ずっと護っていこうって…」
「これは君のせいではない。だからもう自分を責めるのは止めなさい。そして君は暫く休みなさい。死ぬのではなく、休みなさい」
「これだけは断言できる。どんなに遠くに逃げても、あいつが追いかけてきてくれるから」
「取り敢えず、あっちに走ってはどうかな。ずっと行けば電車があるから、そこから好きな所に行けばいい。道の途中に小銭が何枚か落ちてるから、それで賄うといい」
 
「…!」
 
「ほら、君の未来は保障されている。早く!」
 
「は、はい…」
 
「…」
 
「…良い子だ」
 
「扨、私も死んでこようかな?」
 
              *
安楽城が電話を取ってから数分後。森田宅では…
『ピンポーン』
呼び鈴が鳴っていた。
「…」
美玖がいないのを良い事に、静木は自殺用の道具を整理していた。
が、それを妨げるかのように、呼び鈴の音はしつこさを増していく。
『ピンポン、ピンポンピンポンピポンピポピポピポピポ…』
「今度はそっちからですか…」
『ピポピポピポピポピポピポピポピポピポピポ…』
 
呼び鈴が鳴り出してから、一分が経とうとしている。
『ピポピポピポピポピポピポピポピポピポピポピポピポピポ…』
「あああ…もう、うるさいな!!」
再び絶叫、の後どたどたと足音を立てて、覗き窓から外を窺う。
予想通りと言えば予想通りだが、安楽城が傘を片手に玄関の前に立っていた。
一応は安全と確認し、ドアを開けた。
「ごきげんよう」
そう言って安楽城は控えめに礼をする。
「こんな時間に一体何ですか。あとしつこく鳴らさないで下さい」
「すみません、茜さんに頼まれたんです。見守っててくれと」
「見守るって…」
 
 
同時刻、美玖と静可は…
「あ、ははは…また、やっちゃった…」
木に囲まれた裏山の奥。
美玖もまた、かつての被害者と同じく顔を剥されていた。
左胸には凶器の代用として、そこらから拾ってきたと思われる木の枝が刺さっていた。
意識がないのか、目を瞑ったままうんともすんとも言わない。
一方、静可は、泣いているのか笑っているのか分からない独特な表情で、仰向けに寝かされた美玖の傍に座り込んでいた。
相変わらず顔は血が固まってよく見えない。
 
不意に、静可が動き出した。
よろけながらもやっとの思いで立ち、鉈を握りしめたまま何処かへ去って行った。
 
それから何秒か経った頃、致命傷を負ったはずの美玖も動き始める。
痛がりもせず、(表情を窺い知る事は難しいものの)やはりいつもの無表情で事も無げに体を起こし、胸に刺さっていた木の枝を引き抜く。
その後、静可とは違って安定した脚ぶりで立ち、血が滴る顔に、ポケットに入れておいた包帯を巻く。
申し訳程度に零れ落ちる血の量は減ったかもしれない。
包帯と包帯の間に覗くその眼差しは、氷のように冷たい視線だった。
 
 
「では、定期的にお電話致します。十秒以内に出なかったら黒服の一人が乗り込んで来ますから」
「分かりました…それではお気をつけて」
「心配して下さってありがとう」
かしこまった礼をして、安楽城は帰っていった。
「結局何しに来たんだか」
溜息混じりに静木は呟き、ドアにチェーンを掛けて部屋に戻ろうとした。
 
『ピンポーン』
 
が、また呼び鈴が鳴った。
「今日に限って何でこんなに…」
再び覗き窓から外を確かめる。
背が小さい上に顔を俯いている為顔は見れなかったが、それは美玖だった。
掛けたばかりのチェーンを外し、ドアを開ける。
その瞬間、彼は絶句する。
「お面の類は用意出来ました?」
気の抜けた低い声で平然と言ってのける美玖だが、そんな緊張感の無い声とは裏腹に、外見は凄まじいものだ。
左胸からは大量の血が出ており、顔は血塗れの包帯で隠れている。隙間は目と口の部分のみ。制服には返り血が所々に付いている。
「…この数分間に何があったんですか…」
「貴方は知らなくていいのです。ほら、何でも良いですから顔を隠せる物を」
あれほどの攻撃を受ければ普通なら確実に死ぬはず。彼女が人間でない事を改めて知った事による恐れの為か、奥の部屋にひたひたと歩いていく美玖を、彼は眼で追う事しか出来なかった。
 
「…そうだ、よく考えたら茜ちゃんも危ないですね。電話でも掛けてみますか」
その独り言と共に部屋の入口近くからUターンしてきた。彼女が歩く度にポトポトと血が落ちる。当然床も紅く汚れる。
そんな事はお構いなしに玄関のすぐ近くの電話まで歩く。
電話の前に立ち、受話器を取って番号を打とうとしたが、未だに玄関で直立不動の静木の服の袖を引っ張る。
「いつまで吃驚してるんですか。色々と邪魔です」
「はぁー…、僕の順応性が低いだけなのか…」
「きっとそうですよ」
ぴしゃりと言い放ち、奥の部屋に向かう彼を背に、改めて茜の家の電話番号を打つ。
程なくして、茜の母親が出た。 
 
「あら…どちら様です?」
『クラスメートの森田です。茜さん居ますか』
「美玖ちゃんね。ごめんね…あの子ったら急に『行かなきゃいけない』とか言って何処か出かけちゃって。すぐ行っちゃったから場所も聞けなくて…すぐ帰るとは言ってたけど」
『そうですか。夜分遅くにすみません』
「いえいえ、良いのよ。でも心配だから、美玖ちゃんの家に来たり電話とか来たら教えてくれる?」
『分かりました。それくらいお安い御用ですよ。では…」
 
「良かった、家に居なくて。あそこは場所が知れてて危険ですから。何処に行ったかも知りたい所ですが…いずれ分かるでしょう」
受話器を置き、それを持っていた右手で自分の(包帯尽くめの)顔を触ってみる。
当然ながら血がべっとりと付いた。
「このままでは何かと面倒ですね…でも代用できそうな物はありませんし…」
くるくると軽快な動きで周りを見渡すと、首をやや左に傾けて言った。
 
「ま、いいか」
 
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