隠し幽室 4

私は密かに彼らを見ていた。

監視ではない。
暇だから、しか理由は無い。

本来『私達』にとって、それはあるまじき事なのだろう。

しかし『死体役』の私は、正直これくらいしかする事が無い。
身体に塗れたどろどろの液体がとても気持ち悪い。
顔も上げられない。
眼も元々下を向いているから、満足に眺めている事さえ出来ないのだけれど。

眠るのも許されない。
退屈過ぎる。
この微睡みの中で起きている、地味に辛い。
下手な拷問より辛いような…


彼らの話し声が子守唄に聞こえる。

とっくに三人目の少女も目を覚ましている。
三人目は独り言が多く、まず声自体が大きく、良く通る声質である。
二人目よりかなり五月蝿い。大半の人間は耳障りなはずだが、何故が心地よく感じてしまう。
すごく眠い時、付けっぱなしのテレビの音が気にならないというのと同じようなものなのだろうか。

一先ず私は眼を瞑り、聞き耳を立てた。






それから数十分が経過。状況は特に変わっていなかった。

少女は辺りを物色してはテレビが無い携帯が無いと五月蝿いし、少年は(聞く限り)何をするわけでもない。
ひょっとすると、また本を読み始めたのかもしれない。どっちにしろ静かという意味では似たようなものだ。

ある程度喚き散らした後、少女は急に大人しくなった。
そうして一言、「誘拐されたんだよな」とだけ呟くように言った。

呟くと言っても、少女は声が大きい方だからうつ伏せの私にもはっきり聞き取れた。

だが、さっきまで喚いていた時とは随分元気の無い声であった。

ぽつりぽつりと少女は話し始めた。
「弟にも心配かけちゃって、きっと血眼になって探してるんだろうな」

「あいつシスコンの気があったから」

…。
まさかこの場で『シスコン』なる単語を聞くとは思わなかった。
ここには余り突っ込みを入れないでおこう。

「いや、シスコンというか私に大分依存してるし、色々無茶してるんじゃないだろうな…」
深刻な面持ちで少女は言う。
「って思うんだがどうしよう!」
突然少女は少年に向き直った。

シスコンの方は撤回してくれたようで何よりだが、ここ少年に話を振る事は無いと思う。
そんな込み入った家族の話をされた所で、彼にしてみれば何処吹く風なのだから。
せめてここから脱出しようとかの話題で意見を求めれば良かったのではないだろうか。
仮にその話題になったとしても、全て無意味に終わるのだが…

「どうしようじゃなくて無理」

今まさに私が思っていた事を、少年は口に出す。
「はあ…!?」
少女は言葉を失った。
「!……、…」

「あんたは知ってるのか!?脱出の方法を」

有りがちだ、と死体役の私は思う。
彼が何も言わなければ、仲間割れになるような展開。
多分そうは成らないはずだが。

「知らなきゃよかった」
少年は顔を上に上げて言う。

「何をだよ」
気になったのか少女は耳の裏を掻く。
小さい何かがぽとりと落ちた事は誰も気づかない。
「でも、出れるかもしれないって事なんだろ」

「それとも…この二人の死体と関係が」

途中で少女は何かを察したようだった。
不自然な所で言葉が途切れたのだから、見なくても分かる。

「普通、『知りたくなかった』と思うけど…」

「二人の内どちらかが死なないと出口が開かないなんて」

いつの間にか少年は凶器を持って座っていた。




そりゃあそうだ。
別に出なくても良い私も、こんな所にいるのは嫌だ。
いや、そういう問題ではなく。

必ず死者が出ないと出れない。



ノーマルな人間からしたら、そのたった一つの条件がどれだけ苦痛を、苦悶を、鬱積をもたらすか。
自分が進んで格好良く死ぬか、相手を殺してでも生き残るか。普通ならこの二択を迫られる。
…そんな重圧、ストレスから人間の『膿』、汚い部分が出てくる。
そうして殺し合いにになる。

物好きな観客は好きらしい。




さて。
今回に限っては彼らがどう動こうが、どうなろうが知ったことではない。
ただ見届けるだけ。
彼ら少年少女と、あの一家がどうなるかを見て聞いて。
伝えるのみである。



「どっちかが死ぬ」

「どちらか一人が死んだと確認したら壁と同化してるドアが開く」
「そこから黒服の女が次の一人を運び入れる」

「その時がチャンスって事か」

少年は頷く。


そのチャンスが来ないから出れない…嫌な条件だ。

「…どうしたら諦めるだろう」
少女は頭を抱える。
「いっそ死んじまったほうが良いか」
やけに気楽に言った。

「あいつならすぐ気づくだろうし、被害は最小限に留めておこうか」


少年が持つ包丁を上から掴み、少女は笑った。




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