隠し幽室 5

十時。

両親は二階の寝室へ上がっていこうとした。
「お父さん、お母さん」
私は彼らを呼び止めた。
普段自分からは話しかけないから、両親は不思議そうに私を見ていた。
最後の会話だ。


「産んでくれてありがとう」


『ありがとう』と言ってるにしてはどうとも思っていないような私の表情。
さぞ奇怪に感じたろう。

「いきなりどうしたの…」

「こんな事を言っている暇があったら宿題でもやったらどうだ」


ここで何か、優しい言葉でもかけてくれたら、許してやろうと思ったのに。


「宿題ならもうやったよ」

「嘘は駄目よ、この間先生方から課題をやってこないって注意されたのよ」
そんなものはやっても何の得にもならない。

「やったよ」
「もっと有意義なのをね」

最高の装置を。
私の部屋を使ってね。

「見せろ」
「あなた?」
「本当にやったなら見せられるだろう」

出来るものなら早く見せてあげたいよ。

「十二時まで待って下さい」

「どうしてだ」

あれは時限装置だから。
まだ『爆発』はしない。

「それまで待ってくれたら、これから真面目に勉強します」


こっちが嘘なんだよ。
でも、絶対謝らない。
私は悪くない。

「…」


両親は無言で二階に上がっていった。


「死んじゃえ…」

無意識の内に私は呟いた。

「お姉ちゃん…」
ふと後ろから声が聞こえた。
弟だった。

「…あんたは逃げていいよ」

弟は悪くない。
だから許す。

「でも…鍵が」

「開けるから待ってて」



**



三人目の少女は死んだ。

ある意味自殺だった。


その後も何人か運ばれて来た。

少年は容赦無く殺した。

そうして、一時間が過ぎた。


たぶん午前十一時丁度。

白い壁だったそこが開き、黒服が覗いた。
黒服は何もしない。


そこから少年が出ていった。




やっとシャワーが浴びれる。
死体役だった私は起き上がり、懐からスイッチを取り出した。

「これで良かったのかなあ」

数時間ぶりに声を出し、スイッチを押してテレポートした。



**



普通が良かった。

成績が良くても、褒められない。
もっと頑張れと言われた。
百点以外は認められなかった。
クラスメートからは妬まれた。

はたから見れば恵まれているのだろう。
そんなものはハリボテに過ぎないのに。

世間体を気にする両親。

全てあいつらが悪い。
私は悪くない。

頭が良ければ幸せになれると思ってた。

幻想だった。


…。
こんな風に、お菓子を食べながらテレビを見るなんて初めてだ。

両親の悲鳴を聞きながら食べるお菓子。
今まで食べてきた食物の中で、一番美味しく感じた。

テレビはバラエティー番組をやっていた。
純粋に楽しめた。
思わず顔がほころぶ。

みんな、こんなに楽しい時間を過ごしているのか。

不条理だと思った。
でも、今更とも思った。
家にはテレビの音しか聞こえなくなった。
もう一人の足音と液体が滴る音は、ほとんど気にしていなかった。

机に置いておいた時計に眼をやった。
十一時十二分。

私の真後ろに誰かがいて、光るものを振りかざしていたのが見えた。





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