クローン姉妹 1
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2052年、4月。
この計画は中止されることなく、無事スタートされた。
誰にも知られることなく、ひっそりと。
たしかに、最初こそ恐れていた。少しまであったのだ、ここに良心が。
だが、もう構わない。たとえこの二人の人生を捻じ曲げてしまっても、後悔はしない。
私の知的好奇心を満たすこと。
それが最優先だ。…
               *
ここにひとり。いや、ふたりと言った方が適切だろうか。
ここにふたりの少女が、誕生した。
当初はしわくちゃだったその顔も数時間すれば…ほら、このとおり。
普通の赤ん坊となんら変わらない、あまりに小さな身体は、なんて…
「うわあ…かわいいよおーーー!!!!!」
抱きつきたい衝動がっ!!!!!!
「ちょっ、駄目ですよ!芳野さん!かわいいのはわかりますが、あまり乱暴に扱わないで…」
「えへへへへへ。だってこおんなにきゃわいいのにい…」
「ひ…芳野さんが。た、助けてください鈴木さん…!」
すぱん。
「え…?」ドサリ…
後頭部へのスリッパフルスイング攻撃で、私は床に倒れる。
「あーもー!まったく困るわねえその癖は!大人になるまでには治しておきなさいよね。まったく…」
溜息まじりに彼女は話した。
「あの、聞きたいんですが。」
「ん、なあに新入りの鈴木君」
「新入りは余計です。えっとこの人本当に弱冠13歳の天才科学者なんですか?」
「でしょうねえ。こんなの見せられたらさ。疑いたくなる気持ちはわかる」
「でもさ、ここで伸びてるこの子はまぎれもなく、世界一の天才科学者だよ」
まるで自分の事のように言い放った。
「ふふ、まさかずっと面倒見てきたこの子がここまで成長するとはね。流石の私でも予想できなかったよ!
あはははは!」
「え…面倒みてきた?」
「ん、そうだよ。わたしはいわばこの子の保護者みたいな存在さね。この子の扱いについて困ったら、いつでも私に相談しなさい」
「いや、僕が聞いてるのはそういうことじゃなくて…」
彼、鈴木は疑問に思った。見た目としては中学生ぐらいにしか見えない彼女…高橋と名乗るこの人物が、保護者になんてなれっこないはずだと。
「高橋さん。保護者っていったいどういうことなんですか。あなたはどうみても未成年です。子供なんて持つことはできないはずです」
「…」
鈴木は、うすら笑いのままピタリと動きを止めた。そして…
「…くっくっく。あっはっはっは!まったく、からかい甲斐があるやつだ!!」
高橋はあっけにとられていた。おとなしそうにしていれば普通に可愛いはずなのに、こうも女子が豪快に笑うとは。
ひととおり笑い終わった彼女は呼吸を整えながら話を再開した。
「ひー、ふう。もー保護者ってのはものの例え。幼馴染だったから会うたびに面倒見てただけ。
それをこうも勘違いされるとはね、…ぷっ」
「で…ですよね…」
「あ、あと注意事項を2,3言っとこうか。この子のフルネームは芳野翠。みどりちゃんって呼ぶと喜ぶよ。天才科学者っていっても中身は普通の中1女子だから。それとこのみっちゃんがさっきみたいな状態になったらさ、私みたいにスリッパとかで後頭部をやっちゃいなさい。力の加減は、そうね…」
「ゴキ0xを殺すくらい」
「…それって要するにフルスイングじゃないですか!」
「そーいうこと」
「まあ別に心配しなくても大丈夫よ?5分もすれば勝手に起き上ってくるから」
「だからそんな丁寧に介抱しなくて大丈夫」
そういって鈴木の手を制止する。
「あ、あと最後に一つ。私の名前高橋夏樹っていうの」
「はあ、そうなんですか。これから一か月よろし…」
「だから」
高橋は鈴木の手を掴んだまま彼の顔を見上げる。
そして、読んだ
「『私の事は以後夏樹さんとよびなさい』」
じと…
高橋の顔に、一筋の汗が流れた。
それは暑かったからではない。
この時の彼女の声は、異様だった。
相手に一切の自由意思を、行動を許さない、突き刺すような。
無機質で、感情なんてものはない。
まるで、台本を読んでいる風に。
今まで名字で呼んだ者への諭し。
しかし、彼の理性をかき消した後もまだ解放はしてくれない。
「『じゃないと、殺すから。』」
「ら」の後の「。」を聞いて、彼はやっと自由になれた。
すとん、と、床に膝から落ちた。
あの瞬間、彼の体を支えていたのは手首を握りしめていた彼女のみだったから。
「ま、詳しい説明はあとでするから。
じゃあまたねー♪」
すっかり普通になった彼女の言葉を理解するには、彼には少し時間が必要だった。

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