夢か現か 1

 

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登場人物一覧

 東条 蒼太:國本高校1年男子。高校内では勉強で彼に勝てる者はいない

 南 響子:國本高校1年女子。どこにでもいるような普通の女子高生。

       蒼太とは小学校からの付き合い。

 西守 叶:聖エブリル高校1年女子。望むものは何でも与えられる幼少期を過ごした。

 

 ここはどこなのだろうか。

分からない。

少なくとも、僕が今までに来たことのある所ではない。それは確かだ。

僕は洞窟なんて来る覚えはない。

そして、あれも僕には思えない。

こんなスーツなんて着る覚えはない。

でも僕なんだ。何もかも同じ。

これはれっきとした僕。

どこかから僕は覗くように『僕』を見ている。

この狭い洞窟内を見渡せるように。ななめ上からと言えば分かりやすいだろうか。

とにかく変だ。

きっとこの光景は、誰の目から見ても…こう思うはず。

 

『僕』があの少女を殺したと。

 

岩にもたれ掛かっている少女の左胸から、ナイフが一本刺さっている。

この世界の『僕』の服には沢山の返り血。

どこか『僕』は悲しげな表情。

 

ずっと『僕』は跪き、少女を背に向けた姿勢のまま。

『僕』の視線の先には洞窟の床があるだけだ。

 

……!そういえば、あれはなんだろう。身体の陰になっていて気付かなかった。

『僕』が左手に持っている、四角い物体は。

 

…スタンガン、かな?

 

そうだ、ドラマとかで見るハンディタイプの。金属の出っ張りが光の加減で光ってる。

あれで気絶させて止めを刺したのか。

確かに無駄に騒がれるよりは静かにしてもらったほうが助かるだろう。まして大きい声を出されたら誰か来るかもしれないし。

最もこんな所に人がいるのかは分からないが。

 

とりあえず、 同じ僕にしては良い判断だ。だが少し詰めが甘い。

まず、手袋をしないのはどうしてか。

いつの時代かは分からないものの、今の現代並みに科学が発達していれば指紋から『僕』が犯人だとばれてしまう。

それに凶器やこのスタンガンは海に捨ててしまえば特定は難しくなるはずだ。

なのに、それをしないのはどうしてだろう。僕らしくない。

 

 

不意に『僕』は動き出した。

左手のスタンガンを利き手の右手に持ち替え、スイッチを入れた。

バチバチと、五月蠅い音だ。

続いて『僕』は口を開け、眼を瞑り。

 

スタンガンを口の中に入れた。 

その瞬間、突き飛ばされるように…冷たい床に落ちていった。 

 

 

 

「…くん…」

「森崎くん」

「………?」

僕に対する声で、目が覚めた。

聞き覚えのある声。見知った顔。

ここは、学校。

顔を上げると不機嫌な先生の顔と無気力なクラスメートの姿があった。

僕は先生に注意されたことを認識し、適当に謝る。

「すみません。眠ってしまったようです」

授業の範囲を黒板を見て思い出させ、勉強に集中しようとする。

先生も僕が起きたことを確認し、黒板のまえに戻り授業を進める。

一時は中断された『それ』が、再開される。

黒い板の上にひたすら生み出される白い文字の羅列。

僕らはこれをロボットのようにノートに書き写す。

ただただ無感動に、シャーペンを走らせる。先生の要点の解説なんて皆聞いていない。

皆あらかじめ予習をしてある。この授業も復習のようなもの。

たとえ授業で分からない所があっても誰も教えてはくれない。

この学校のほとんどの生徒は自分の成績しか考えていないのだ。

 

ノートを取りつつ思う。

よく考えたらさっきの居眠りもこの日常への申し訳程度の反抗だったのかもしれない。

この単純作業から、良い成績を取らなければいけない重圧から、

 

変わり映えのしない日常から。

 

 

 

程無くして授業が終わった。

このあとは部活へ行く者や帰宅する者、しばらく教室でクラスメートと話をして過ごす者と人それぞれの過ごし方をするが、このクラスだけは特別だ。

このクラスには成績上位の生徒30名しか入れない上31位以下になれば即留年の超エリートクラス。

だからここの生徒のほとんどは最終下校時刻まで自分の席で予習をする。

何故帰ってやらなのかというと、ここは一番勉強をしやすい環境だからだ。

他のクラスとは孤立した所に建設された特殊な教室。

下駄箱からは軽く5分はかかる。しかもよほど用事がない限り通らない廊下を通るため人気はゼロ。

 

しかし、こんな普通とはかけ離れたここにも来客が必ずいる。

授業終了と同時に鳴るチャイムを合図と言わんばかりに、せわしない足音が今日もやってくる。

そして彼女が、横引きのドアを開ける。

 

「おー、今日もやってるね!」

 

満面の笑みで静寂に包まれたこの教室に乱入する。

毎日の事だからか彼らの集中力がすごいのか誰一人としてこちらを見る者はいない。

「で、どうだった。今日は何か変わったことはないわけ?」

教室中に響き渡る音量で話しつつ僕の机にドカッと座る彼女は南響子。

名前と性格がこれほど合っている人間はかなりレアな気がする。

それはさておき、僕も退屈なので答える。

「いや。いつも通り」

机の上のノートや参考書から目線を離さずに。

彼女の手とかで隠れて大分見づらいが。

「ちぇーなんだ。つまんないのー」

響子はひどく落胆したように大げさに反応した。

 

それからというもの、会話が途切れ教科書をめくる音やシャーペンを弄る音を除き教室は再び静かになった。

予習していると思わせつつ、少しだけ後悔している。

実はさっきのは嘘だ。

さっきからずっと気になっていることがある。

確かに響子が僕の顔を見ているのも勿論気になるが、それとは別。

居眠りした時に見たあの夢だ。

洞窟で誰かを殺した後に、『僕』が自殺した…。

実在しない誰かならまだしも、自分が死ぬ上終わりがあれでは気分が悪い。

夢は夢と割り切ることも出来る。それに夢は時間がたてば忘れてしまうものが多い。

だけど、こんなに鮮明に。

最初から最後まで。

……何故?

ペシッ!

「!!」

「ほーら、手が止まってるよ?」

悪戯っぽく笑いながらシャーペン片手に響子が言う。

僕はどうやらあの夢の事で考えこんでいたようだ。

「私に演技したって無駄なんだからね。長い付き合いなんだから」

今度はややむっとした表情で言う。

つくづく僕とは正反対だと思わされる。

「何かあったんでしょ」

響子はさらに追い打ちをかける。

「さあ!悩み事ならこの響子姉さんに打ち明けなさい!どーせ誰も聞いちゃいないよ」

「丸聞こえだと思うけど」

少し突っ込みじみた一言。

不機嫌な反応を示すかと思いきや、やたらびっくりした顔でこちらを見つめている。

…口を閉め忘れてるし。

「…やっと喋った」

「?」

「良かったー!今日なんかおかしいからすっごい心配だったんだよ!!」

そううるさいくらいの大声で言いつつ、思いっきり抱きしめてくる。

小学生からの付き合いとはいえ、これは…、苦しい。

「今日一日一回も声聞いてないから、ほんとに、もう、、」

「………」

よく見ると、目に涙が滲んでる。心配というのは本当らしい。

10秒くらいで解放してくれた。

涙を拭いつつ、本題に入る。

「で、あったんだよね?何か」

この状態じゃあ、話すまで家には帰してくれないだろう。

しかし、たかが夢…話していいものか。

「教えてくれるまでここを動かないよ」

仕方ない。せめて簡潔に済ませよう。

「居眠りしたら変な夢を見た」

「…それだけ?」

軽く頷く。

「確かに、そうちゃんが居眠りするまで成長したのは喜ばしいけどさ」

残念ながら、そっちじゃない。第一それは劣化というのでは…

「気になってるのは夢の方」

このままだと間違った方向に進んでいきそうなので訂正しておく。

「あ、そうだったの?」

「自分が死ぬ夢。しかも自殺」

「…えっとね、私の夢診断によると、死に関する夢が必ずしも悪い意味じゃないんだよ。自殺ってのは自分が我慢しすぎてる時とかに見るんだよ」

「詳しいね」

「クラスの子が言ってたのを暗記しただけ。…で、それだけなの?」

「夢?」

「うん。あれほど考えこんでたらよほどの事があると思ったんだけど。特徴的な夢だったの?」

「…誰か、女の子を殺した後、口の中にスタンガンを入れて死ぬんだけど」

これでほとんどのことは話した。

響子は固まってる。あまりに突拍子もない内容に話題が見つからないのだろうか。

しばらくして、彼女は口を開いた。

「な、なんかね。歌の一つに似たような内容の歌詞があったよ。そうちゃんは知らないジャンルのだけど」

「どういうの?」

「、、自分勝手なお姫様の代わりに召使いが処刑されるってやつ。この二人は双子なんだけど」

「知らない」

「だろーね……」

再び会話が途切れる。

開いたままの窓から風が流れ込む。

ふと外を見る。もう辺りは暗くなっていた。こんなに話し込んでいたとは…

それに気付いた響子は急に立ち上がる。

「そろそろ帰らなきゃね。精々正夢にならないように気をつけなさい!」

妙にはっきりした笑顔で教室から出て行った。

僕にはそれは空元気に見えた。

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