Resident in alternate world 1


「お願いです、助けて下さい!」
私は「何か」に追われ、古びた建物の路地裏を駆ける。
「何か」が何なのか。私には分からない。顔も頭巾に隠れて、全身黒ずくめ。
あいつに触れてしまったら、私の全てが壊れてしまいそうで…とにかく怖い。怖くてたまらない。

死に物狂いで家と家の間を、時には道路を、ひたすら走る。
お気に入りの白いスカートは擦り切れ、いつ靴が脱げたのかも分からない、素足からは血が流れる。呼吸も苦しい。
時たますれ違う人々に助けを乞うが、皆意にも介さない。私の声が聞こえてないようだった。

一体、私はどこから間違ったの?


それすらも思い出せないまま、私はどことも知れない町中を走り続ける。

「!?」

不意に、足がふらついて歩道の真ん中に崩れ落ちる。
どれだけ走ったのか。普段の何倍も走ったから、足がついに限界を迎えた。
一度止まると、立ち上がる事さえ容易にできない。身体が休むモードに入ってしまったのだろうか。急に猛烈な疲労が襲う。
…身体の節々も痛い。急に全力を出しすぎたのかもしれない
でももたもたしていれば、「何か」に捕まってしまう。

気持ちはあるのに、身体がついてきてくれない。

だが、ここで立っても手遅れだった。

目の前に、黒い「何か」がいた。


…あんなに頑張ったのに、捕まってしまうの……?



「こっちだよ!!」

後ろから少年の声と、無抵抗の私の手を引く誰か。
瞬間、ものすごい力で私の全身が引っ張られる。
…のはほんの少しの間で、早過ぎて何も見えないままものすごい風圧にさらされ、気付けば私はどこかの建物の屋上にへたりこんでいた。
横に、さっきの少年と思われる子供も。
半袖のTシャツに、半ズボンの、小学生くらいの。

「良かった、間に合って。あのまま捕まってたら死んでたもの」

状況が理解出来ないまま涙目で荒い呼吸をする私を尻目に、少年は周りを見渡しながら軽い口調で言った。
逃げる事は正解だったようだが、それでも「何故私はこうなったのか」が分からない。
気まぐれに外に出て、散歩してただけだ。

「で、君はどうやってここに来たの」
呼吸を整えながら考えこんでいた私に、以前辺りを警戒しつつ少年は尋ねる。

「どうしてって…そんなの……けほっ!がはっ…はあ、はぁ…」

どうやら走りすぎたようで、上手く話せない。
ただでさえ体力はない方なのだから、急にここまで運動すれば無理がでるのは当然だ。普通の人でもこれだけ走れば多分こうなる。

「いつの間にかここに来てた?」

「…!」

まさにその通り。私はすぐ頷いた。

「君も飛ばされたんだ。そうなると面倒だな…」
少年はそう呟いて、周りを警戒しながら黙り込む。

…。
(面倒って、一体何が?)

私はひょっとして、何かとんでもない事に巻き込まれているのだろうか。
こんな非現実で、フィクションのような状況がありえるのだろうか。 幾分楽になってきたような気がする。無駄とは思いつつも少し考えてみる事にした。

「…」 …情報が少なすぎる。
何も知らないまま追われ、助けられたのだ。
あの「何か」が危険で近づいてはいけないという事しか分からない。


「…ここは危険だ」

遠い空の向こうを見て、少年は呟いた。ぎりぎり私に聞こえるくらいのか細い声で。
続けて少年は私に身体を向けて話す。
「しばらく僕の所に居た方が良いよ。…早く行こう」

少年は私に右手を差し出した。
…手を繋げって事?

「どこに行くの?」

私は少年に尋ねながらも、彼の手の平に左手を重ねる。

「来れば分かるよ!」

言い終わってすぐ私達の身体は舞い上がり、気付けば空を猛スピードで移動していた。
眼も開けていられないほど速い。さっきの瞬間移動みたいなのはこれだったのか。
しかしそんな不思議な時間はすぐに終わった。

今度はまた別の、他の建物よりさらに古い、灰色の建物にふわりと降り立った。
そこかしこに細かいひびが入っていて今にも崩れそう…なほどではないが、中々年季が入った所だ。

「つっ立ってる暇はないよ。早く中に入って!」

少年が私の手を引いて、そばにある扉を開けてくれる。重そうな石の扉だった。
そこには階段があった。予想以上に暗く、階段の終わりが見えない。

「ここを下った奥に部屋があるから、そこ少し休んでて。向こうに灯りがついてるから、ちゃんとドアは閉めておいてね」

ここまで案内してくれた少年中に入ろうとせず、立ち去ろうとする。
「…せめて、何が起きてるのか、教えてほしいんだけど…」

「部屋に行けば、誰かが教えてくれるよ!じゃあまたあとで」


私の問いに答える事無く、少年は再び空を舞ってどこかに行ってしまった。



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